明けましておめでとうございます。今年も「古唐津の魅力・陶芸の魅力」をよろしくお願いします。
今年最初の投稿は、「古伊万里について」です。贋作の見分け方も記載しています。
古伊万里は、日本の磁器製造の初期段階である初期伊万里を指す言葉であり、寛永から寛文頃(1624年~1673年)までの作品を言います。
歴史と特徴
- 起源:豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に伴い渡来(拉致)した朝鮮の陶工、李参平が、現在の有田町東南の泉山で白磁土を発見し、1605年頃に磁器製造に成功したのが始まりと伝えられています。
- 流通:有田で焼かれた磁器は伊万里港から積み出されたため「伊万里焼」と呼ばれ、日本国内だけでなく広くヨーロッパにも輸出されるようになりました。
- 主な種類:古伊万里はほとんどが染付磁器(コバルトによる藍色の下絵付の技法)です。その他に、白磁、青磁、鉄釉の作品も存在します。
- 器種:秋草文や網目文の小壷類、皿類、徳利などが多いです。
- 技術と釉薬:施釉方法は、素焼きをしない生掛け方法が取られていたため、釉肌に潤いがあり、釉がむらになる場合もあるのが一つの特徴です。
- 意匠の影響:絵柄や意匠には、当初李朝の影響が強く認められますが、次第に中国・景徳鎮の古染付の影響が大きくなっていきました。代表的な染付技法として、型紙を作品の上に置いて呉須を吹き付けて模様を浮き上がらせる吹墨(ふくすみ)の技法も、古染付の手法の一つです。
銘(サイン)について
伊万里焼の底裏には、中国明朝の磁器の様式を模した年号銘が記されることが多くありました。
- 「大明年製」「大明成化年製」、あるいは「延宝」「元禄」などの銘が用いられました。
- 特に「大明成化年製」は江戸時代を通じて最もよく用いられた銘です。一般に、文字が大きく書かれているものほど時代が下る傾向があるようです。
贋作(偽物)と見分け方
古伊万里焼は陶片であっても人気が高く高値で取引されているため、当然、贋作も多く存在します。この時期の作品は、素朴な作風で規格化されていないため、写し易い作品が多いことも、贋作が多い要因です。
贋作としてよく見られる作品
- 初期の生掛けの特徴を生かした贋作が多く、油壷、吹墨の中皿、徳利、地図皿などが出回っています。
- 特に吹墨による「月と兎図」の贋作は多いです。
- 地図を描いた皿などにも贋作が多いです。
- 明治頃に制作された伊万里染付の贋作が、古伊万里として流通しているケースもあります。
- 砥部焼(とべやき)の伊万里写しの作品も多く存在します。
贋作を見分けるポイント
- 染付けの色:贋作では染付けの色に深みが無く、素地が滑らか過ぎて「つるり」とした感じになります。
- 素地の状態:器肌に白っぽい粉が吹き出している物や、無釉の畳付き部分が細かい粒子の土で「すべすべ」した物など、古い感じの無い物も、贋作の可能性があります。
- 二度焼き:平凡な白磁に後から文様を描き足し(後絵)、再度焼成した「二度焼(二度窯)の古伊万里」も存在します。
- 類似品:伊万里以外の地でも伊万里風の作品が作られていました。例として、加賀・若杉窯の作品や、平戸焼染付磁器などがあります。また、幕末頃の伊万里焼や、明治の銅版印刷による染付け磁器は、比較的安価で日常の器として人気ですが、これらも古陶磁として扱われる場合があります。
- 景徳鎮との混同:初期伊万里は明代末の景徳鎮磁器を手本にしているため、よく似た作品があります。ただし、景徳鎮磁器の方が薄造りである場合が多く、また「虫食い」(口縁や稜部の釉剥げ)が多い点で区別されます。
補修技術
古伊万里や柿右衛門手、古九谷などの高級色絵磁器の補修方法として、焼き継ぎ(窯継ぎ)が多く使用されています。これは、低火度の鉛釉系の透明釉を使い、割れた面を接着し、窯に入れて焼成する方法です。

