2025-12

古唐津

古唐津の土は、「砂目の土」といわれているが、これは川砂類が混入しているのではなく、どのような粘土を意味していると考えられているか。

古唐津の土が「砂目の土」といわれるのは、川砂類が混入しているためではなく、陶土の粒子が粗(あら)く、不均一な粘土を意味すると考えられています。これは、古唐津が持つ力強い、粗野な持ち味や、独特の個性美を形作る根源的な要素です。「砂目の土」とさ...
技法

陶磁器の底を糸切りで切り離したままの高台を何と呼ぶか。

陶磁器の底を、轆轤(ろくろ)から糸切り(しっぴき)で切り離したまま、削り加工を行わずに残した高台は、糸底(いとぞこ)、あるいは糸尻(いとじり)と呼ばれます。轆轤(ろくろ)成形されたものを、より糸(しっぴき)で切り離す際にできる渦巻き状の痕自...
陶芸の歴史

陶器(唐津系)から磁器(有田・鍋島系)への移行期に、原料供給と商業展開はどのように変化したか?

この移行期は、概ね桃山時代後期から江戸時代初期(17世紀初頭)にあたります。豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役、1592-1598年)により渡来した朝鮮陶工たちが、九州の窯業に革命的な変化をもたらしたことが基盤となっています。1. 原料供給...
陶芸の歴史

各藩(鍋島・多久・蓮池)が陶磁器生産を保護・管理した体制と、それが技術・産地に与えた影響は何か?

佐賀・肥前地域における陶磁器生産は、江戸時代に入ると、宗藩である鍋島藩(佐賀藩)とその支藩である多久藩、蓮池藩(嬉野焼の領域を支配)といった各藩による強力な保護・管理体制(藩政下の窯業経営)の下に置かれました。この体制は、単に産業を維持する...
陶芸の歴史

佐賀・肥前地域における陶業の起源と、朝鮮出兵後の陶工渡来は歴史的にどう関連したか?

佐賀・肥前地域における陶業の起源と、豊臣秀吉による朝鮮出兵後の陶工渡来は、日本の陶磁器史上、非常に密接かつ劇的な変革をもたらした事象として関連しています。結論として、肥前地域の陶業は朝鮮出兵以前にすでに朝鮮半島の技術の影響を受けて誕生してい...
古唐津

「斑唐津」の白い釉薬の成分は何か?

古唐津の「斑唐津(まだらからつ)」に用いられる白い釉薬は、主に藁灰釉(わらばいゆう)を主成分として調合された、乳濁性失透釉(にゅうだくせいしっとうゆう)です。この釉薬は、その調合成分と特性において、当時の日本の陶器に「白」を装飾として導入し...
古唐津

古唐津を含む日本の陶芸技術は、朝鮮半島からの影響をどのように受け、その歴史的背景と地理的要因は何か?

日本の陶磁器技術、特に古唐津(こがらつ)における朝鮮半島からの影響は、日本の窯業史における一大転機であり、その歴史的背景と地理的要因は深く関連しています。古唐津をはじめとする九州の主要な陶器(萩焼、高取焼など)は、主に朝鮮半島から渡来した陶...
古唐津

日本の陶磁器鑑賞における「土味」と「景色」という独特な美意識は、どのように育まれ評価されてきたか?

日本の陶磁器鑑賞における「土味」と「景色」という独特な美意識は、主に茶の湯(侘び茶)の発展と、それ以前から日本各地に存在した土ものの陶器の伝統に深く根ざし、育まれ、評価されてきました。これらの美意識は、中国や欧米諸外国とは異なり、日本人が長...
贋作

「贋作が多い陶器は何か」について

「古唐津に魅せられて」の考察によると、骨董の世界では「本物3割、残り7割が偽物」とも言われるほど贋作が多く存在しており、国や時代、価格を問わず広く流通していると思います。特に贋作が多いとされる陶磁器の種類は、茶陶として人気が高く、高価で取引...