「古唐津に魅せられて」の考察では、真贋を判定するためには、人間の経験に基づく鑑定法(伝統的鑑定法)と、客観的なデータを用いる科学的方法の両方があることが示されていると思います。
I. 伝統的な鑑定法(経験に基づく判断)
鑑定家は、作品の器形や文様の様式、土の種類、制作方法、焼きの違いなどを総合的に判断するのが一般的です。贋作は、本物らしく見せるために様々な技法を用いるため、その不自然さや作為を見抜くことが重要です。
1. 経年変化(古色)の確認
経年変化、すなわち「古色(こしょく)付け」が自然かどうかを観察します。古い作品には、時の経過と共に一定の法則の下で変化する経年変化(使用痕や自然風化)が現れるのが原則です。
- 伝世品(長く使用・保管された作品)の確認
- 伝世品には、大小の擦れ(スレ)や擦傷(すりきず)があるのが普通です。角のスレ、釉の摩滅、茶筅擦りや茶巾擦りなどの使用痕を確認します。
- 伝世品には、染み、貫入の汚れ、地肌や釉面の色付き、雨漏りなどがあると言ってよいほどです(磁器製品には少ない)。
- 欠けやニュウ(ひび)がある場合、その断面や色の濃さで時間が経過しているかを判断できます。
- 贋作に施された人工的な古色の見破り
- 新作物に古色を付けることは比較的容易であり、古色は真偽の決め手にはならないとされていると思います。
- 人為的に付けられた擦傷は、自然な傷と異なり単調な傷となっている場合が多いです。自然な傷は長い年月をかけて様々な方向や強弱で入るため、複雑になります。
- 古く見える物ほど、人為的な方法で処理されている可能性があり、本当に古い真作はそれほど古さを感じさせないと言われることがあります。
- 発掘品に見られる「風化」を人工的に作り出す方法(弗化水素などの薬品処理や紙ヤスリの使用)や、古典的な古色付けの方法(紅茶漬け、燻し、泥土の擦り付けなど)があるため、不自然な痕跡がないか確認します。特に内側に「カセ」が見られない物は贋作と見なされる傾向があります。
2. 制作技法と様式の確認
時代や産地特有の技法や様式に合致しているかを確認します。
- 産地の特定(胎土)
- 胎土の構成元素分析(後述)が確実ですが、鑑定人は高台回り(無釉部分)を観察し、土の種類、轆轤挽きのしやすさ、成形方法、釉の発色の違いから産地を推定します。ただし、現代では土のブレンドや枯渇により、土のみで産地を判断するのは難しい場合が多いです。
- 産地が違うにもかかわらず、有名な産地の作品として流通している「贋作ではない偽物」も存在します。
- 造形の確認
- 轆轤成形か手捻り成形か、その時代や産地特有の成形方法が用いられているかを確認します。
- 贋作は、故意に「ゆがむ」ように作るなど、造形に作為が感じられる場合があります。
- 壷類などの「袋物」では、口造り、底作り、耳の形状や取り付け場所などが、時代や産地を鑑定する貴重な手がかりとなります。
- 絵付けの確認(特に施釉陶器)
- 絵付けは「誤魔化しがきかない部分」とされ、贋作を見破る重要な要素です。
- 贋作では、絵柄、筆の運び、絵の具の色などが本物と異なり、「ぎこちなく」「わざとらしい」線になる傾向があります。
- 後から絵付けを施した「後絵(あとえ)」を見分けることも重要です。後絵の技法は巧妙ですが、オリジナルの絵との構図的な不自然さや、絵付け部分に経年変化(傷や古色)がないことで判断できる場合があります。
- 「約束事」の確認
- 茶陶の世界で使われる「約束(約束事)」とは、その種類の作品が持つべき特徴や条件です(例:井戸茶碗の魚子貫入や梅華皮)。
- 贋作は必ず「約束」を守っていると言えます。これは、贋作が最初から約束を意識して作られるためです。
- しかし、本物は必ずしも「約束」を守っているとは限らないため、約束を守っていないからといって偽物と決めつけることはできません。
3. 二度焼き・補修の有無の確認(半真半贋の見分け)
半真半贋(本体は本物だが加工されている作品)を見破ることも重要です。
- 二度焼き(再焼成)の見分け
- 二度焼きは、発掘品など商品価値の低い作品を再度焼成し、釉に光沢を出したり、下絵を鮮やかに蘇らせたりする技法です。
- 二度焼きされた作品は、「カセ」や「染み」が無く、釉に光沢があり真新しい感じになります。そのため、人工的な古色が付けられている場合が多いです。
- その他の疑いのある特徴として、小さな欠け(ホツ)が釉で埋められている、欠けの角部が釉で丸みを帯びている、釉の下に細いニュウが見える、釉の表面に気泡状の突起(ブツブツ)が出ているなどが挙げられます。
- 釉の色が焼く前と後で若干変化する場合が多いです。
- 補修・修復(直し)の見分け
- 擦り切(スリキリ):大きな傷のある焼き物の悪い部分を切り取り、補修して別の完品に仕上げる技法です。口縁部の釉の状態や、凹み部の上下の繋がりに不自然さがないかを確認します。
- 巧妙な修復(共色直しなど):化学パテやレジン、塗料を用いて、欠損部を周囲の色に合わせて復元する修復は、専門家でも見破るのが困難とされる場合があります。
- 焼き継ぎ(窯継ぎ):割れた面を鉛釉などで接着し、再度焼成する方法で、修復部分の傷が完全に無くなることは少なく、なんらかの痕が残る場合が多いです。
4. 銘(サイン)や箱書の確認
作品に付随する情報が偽装されていないかを確認します。
- 銘(サイン)の確認
- 作品の銘(書き銘、刻銘、印銘)は作者を特定する重要な証拠ですが、偽の筆跡や偽の印銘であれば贋作となります。
- 現代作家の銘を削り取って古陶磁に見せかけたり、既存の作品に著名人の偽銘を後から書き加えたりする方法があります。
- 硬く焼かれた作品に後から銘を彫り込むと、線の周囲が盛り上がる現象がなく、線に柔らかさが欠けるなど、不自然さが出ることがあります。
- 箱書の確認
- 箱書(作者、茶の湯の宗匠、鑑定家などによる署名や鑑定書)は、その作品の歴史的価値を裏付けるものですが、箱は本物でも中身が偽物(贋作)であるケースが多数存在します。
- 箱書きは後から添えられた物であるため、収納された物が必ず本物であることを証明するものではありません。
- 古美術・骨董業界では、箱に惑わされず、作品の良し悪しで判断する傾向が強くなっていると思います。
II. 科学的な鑑定法
考古学や学術的な研究では、客観的なデータとして科学的な測定器を用いた方法が採用されていると思います。
1. 年代を特定する方法
- 熱ルミネッセンス法(TL法)
- 陶磁器は石英や長石を多量に含むため、この方法で直接年代が測定できます。
- 焼き物は500℃以上で焼かれるため、エネルギー蓄積がリセットされます。リセット後のエネルギー蓄積度合い(加熱してからの時間)を光の強度から測定することで、制作年代が判明します。
- ただし、保管場所や発掘状態によって数十年の誤差が生じることがあります。また、贋作に意図的にX線を照射して検査を誤魔化す事例も報告されていると思います。
- 放射性炭素法(C-14法/AMS法)
- 陶磁器自体は有機物ではないため直接測定できません。
- 作品と共に出土した有機物(骨、木片、貝殻など)や、作品に添えられた箱や布類(植物由来の炭素)から年代を推定する間接的な方法として利用されます。
2. 産地(構成元素)を特定する方法
- 蛍光X線分析法(XPF法)
- 試料にX線を当てることで、胎土や釉の構成元素を分析し、特に胎土の分析から、どの産地の土が使われたかを特定できます。
- この方法は、過去の贋作事件(永仁の壷事件)の真贋判定にも用いられました。
- 中性子放射化分析法(NAA法)
- 焼き物の胎土を構成する微量元素を分析することで、胎土の産地を特定する方法です。
- 微量成分の分析に優れており、試料を破壊せずに分析が可能です。
- 紫外線照射法(BL法)
- 暗い場所でブラックライト(近紫外線)を当てることで、塗料に含まれる蛍光物質を発光させ、塗料を使った補修や共色直しの贋作を見破る簡単な方法です。ただし、蛍光体の入っていない塗料には使えません。
III. 真贋判定の心得
「古唐津に魅せられて」の考察は、真贋を見破るための心得として以下の三か条を挙げていると思います。
- 古く見える物が古い物とは限らない。むしろ古く見える物ほど、新しい場合がある。
- 「偽者」は、約束を守るが、「本物」は約束から離れていることも多い。
- 総合的で合理的な判断を重視し、「見当」や「カン」に頼らないこと。
骨董趣味の世界では、「本物3割、残り7割が偽物」とも言われるほど贋作が多く流通しているため、これらの知識と慎重な検討が必要ですね。

