日本の陶磁器鑑賞における「土味」と「景色」という独特な美意識は、どのように育まれ評価されてきたか?

古唐津の魅力・陶芸の魅力 古唐津
Charm of Old Karatsu and Ceramic Art
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日本の陶磁器鑑賞における「土味」と「景色」という独特な美意識は、主に茶の湯(侘び茶)の発展と、それ以前から日本各地に存在した土ものの陶器の伝統に深く根ざし、育まれ、評価されてきました。これらの美意識は、中国や欧米諸外国とは異なり、日本人が長年にわたって熟成させてきた独自の感性であるとされていると思いると思います。

1. 「土味」の育成と評価

土味の定義と独自性

「土味」とは、焼き物の原料である土そのものの個性、またその味わいを吟味する美意識を指します。この「土味」に相当する外国語はなく、この美意識が日本だけのものであることを物語っていると思いると思います。

日本の焼き物の良さは、色・形・文様よりも、土の味や肌の美しさにあり、偶然に火の加減で生じた器面の変化や素地の面白さにその味わいを見出します。例えば、唐津のぐい呑みの魅力は、素朴な土の温もり、土の味わいにあるとされます。

土味の成立と「土への回帰」

この独特な美意識が育まれた最大の要因は、茶の湯の影響によって引き起こされた「土への回帰」という陶芸史における逆流現象にあります。

  1. 土壌の形成: 鎌倉時代から室町時代まで、日本では唐津、信楽(しがらき)、丹波、備前、越前、常滑(とこなめ)などの各地で、無施釉の焼締陶(壺、甕、すり鉢など)が民衆用の雑器として大量に焼き続けられました。
  2. 個性の発現: これらの陶器は、各々の土地の特色ある土(胎土)を用いているため、発色や風合いが異なり、高温焼成によって灰被り、火色、自然釉といった「景色」が土の表面に表現されました。
  3. 美意識の転換: 室町時代末期から桃山時代にかけて、村田珠光らの茶人たちが、中国からの高価な輸入品(唐物)中心だった茶会を改め、「侘び寂び」をコンセプトとする「草庵の茶」を打ち立てました。
  4. 雑器の登用: この過程で、珠光らは信楽や備前などの農民の雑器を水指や花入として茶会に使用し、それらに中国陶磁とは異なる、新しい確かな美しさ(土味)を見出しました。

これにより、土そのものの表現へと向かう作陶の流れが確立され、無施釉焼締め陶が陶磁器の中で高い美的な位置を占めるようになり、「土味」を尊ぶ日本独自の美意識が根付きました。

土味の評価基準

鑑賞において「土味」の良し悪しを評価する際には、以下の点が重視されます。

  • 土の個性: 土の成分、肌目、粗細、基本的な色調、窯変による色調など、土の個性が明確に現れていること。
  • 造形: 土の個性を最大限に引き出すような、部厚くおおどかな造形(例:唐津、萩、志野の茶碗や水指)が求められます。
  • 焼成: 土味がよく焼けたものの方が美しいとされ、唐津ではかりっとした狐色や鉄分が多く赤茶色をしたもの、叩いてキーンとしたものが良いとされます。
  • 鑑賞部位: 施釉陶器の場合でも、釉薬が掛からない高台周囲(土見せ)の部分で、素地の土味が確かめられます。また、青唐津のように釉薬を通して透けて見える土肌からも土味が感じ取られます。

2. 「景色」の育成と評価

景色の定義と「天工」の概念

陶磁器における「景色」とは、器の表面に現れた窯変や流し掛けなどによる釉薬や形の変化で、作品を鑑賞する際の見所の一つとなるものです。この言葉を陶磁器鑑賞に用いるのは日本独特の感性であり、外国では理解されにくいですね。

「景色」は、陶工が当初から計画した通りに生じる変化ではなく、焼成中や成形中に偶発的に起こるさまざまな変化を見所とするものであり、「人工」に対して「天工」(窯の神や時の神が作った奇跡の証し)と称されます。

景色の評価と茶の湯の影響

「景色」の美意識は、「土味」と同様に侘び茶の精神的運動を母胎として発展しました。

  1. 偶然性の許容: 中国の精巧な磁器などは、当初の計画通りの完璧な完成が目標であり、こうした偶発的な変化(景色)はむしろ避けられます。一方、日本の備前、信楽、志野、唐津などの陶器では、窯の炎の具合や様々な要素によって生じる予期せぬ変化が、味わい深い観察ポイントとして積極的に評価されました。
  2. 窯変の評価: 窯中で生じる変化(天工)には、灰被り(薪の灰が被りガラス化すること)、火色(土中の鉄分が赤く発色すること)、ビードロ釉(自然釉)、釉薬の流下や溜まり、石はぜ(胎土中の砂石が焼成ではじけ出す現象)などがあり、これらはすべて景色として珍重されます。
  3. 高台の重要性: 特に桃山時代に入り茶碗の創作性が重視されると、高台に独特の工夫が凝らされ、釉薬が掛からない高台周りの土見せ部分の火炎による色合いの変化(火表、火裏)などが、鑑賞の重要な習慣となりました。
  4. 「育つ景色」としての評価: 景色には窯の中でつくられるものだけでなく、永年の使用によって後天的に加わる変化も含まれます。これを「育つ景色」と呼びます。
    • 代表的な例が、高麗茶碗や唐津焼の陶器に見られる「雨漏り」です。これは、使用を繰り返すことで貫入や胎土の微細な空洞に酒やお茶の成分が染み込み、シミに似た模様となって現れたものです。
    • この「雨漏り」は、外国人から見れば汚れに過ぎませんが、侘び寂びの美意識を持つ日本人にとっては賞玩すべき「景色」であり、何十年、何百年の使用(時間)によって表れてきたことに一層の価値を感じます。
    • この「育てる楽しみ」は、日本の焼き物、特に唐津のぐい呑みが好まれる大きな理由の一つです。

「景色」「土味」「手ざわり」「映り」「古色」といった五つの要素は、外国人には見られない日本人独自の美意識であり、古唐津をはじめとする日本の陶器は、これらの要素を強く内包することで高い人気を誇っていると思います。