常滑(とこなめ)・渥美(あつみ)・猿投(さなげ)

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中世の代表的なやきものと言えば、まず黄緑や黒褐の釉薬を掛け、文様で飾った古瀬戸(こせと)の壺や瓶子(へいし)が思い浮かびますが、その一方で、茶褐の荒々しい肌に濃緑釉が流れ落ちる古常滑や、独特の文様で飾られた渥美の壺・甕(かめ)も同時に想起されます〔注:施釉陶器=器面に釉薬を掛け高火度で焼く陶器/焼締=無釉で高温焼成して緻密化させた陶器〕。

こうした施釉陶器と無釉の焼締陶という相異なる二系統は、器の機能を分担しつつ中世陶器の骨格を成し、さらに瀬戸・常滑・渥美一帯をおおう東海の白瓷(はくじ)系陶器〔注:白色系胎土を用いた中世の高火度陶器の総称〕や、古墳時代以来の赤い素焼=土師器(はじき)も生活容器として並存しました。近年は古瀬戸類似の施釉陶や常滑風の壺・甕を焼いた新たな窯業地も各地で見つかり、中世陶器の姿は一層複雑です。

これらの諸器種は平安末期、すなわち十二世紀初頭に一斉に立ち現れます。全国で唯一の本格的施釉生産地だった瀬戸・美濃を別とすれば、各地の中世窯はいずれも壺・甕・擂鉢(すりばち)と、無釉の碗・皿を焼成し、農村生活の必需品として前代とは異なる新形態を整えました〔注:擂鉢=内面に櫛目を付けすり潰す調理具〕。

ここで(瀬戸・美濃を除く)東海諸窯を扱うに先立ち、中世陶器を三系列に整理しておきます。すなわち、①土師器系、②須恵器(すえき)系、③瓷器(しき)系です〔注:須恵器=灰色硬質の高火度陶、古墳〜平安の基幹土器〕。

土師器系には素焼の土師器と瓦器(かわらき)があり、前者は主に煮沸具として、後者は西日本で日常食器として機能しました。須恵器系では、平安伝統をひきつぐ備前が酸化焰(さんかえん)焼成で茶褐の陶器へ転じ、珠洲(すず)系は還元焼成で灰黒の器を守り、西日本各地には瓦質の陶器群も展開します〔注:酸化焰/還元焼成=窯内の酸素量で発色・質を制御する焼成法〕。

瓷器系は四類に分かれます。①平安白瓷の系譜をひく施釉の瀬戸・美濃(美濃須衛窯と東濃の諸窯)、②東海各地で無釉の日常食器・一部貯蔵容器を焼いた白瓷系窯、③壺・甕・擂鉢を主に量産した常滑・渥美・湖西・兼山・中津川など、④北陸・東北の越前・加賀・笹神(新潟)・品ノ浦(宮城)や、西日本の信楽・丹波などの中世窯です。

各地域の器種構成をみると、①のうち東濃の古瀬戸系を除く美濃では、釉薬の性質は異なっても器形は瀬戸に近く、碗・皿・鉢・瓶類や片口擂鉢などの調理具、壺・瓶・甕などの貯蔵容器を幅広く揃え、②③よりも豊富でした〔注:片口=注ぎ口の付いた器〕。

②の白瓷系窯は農民の日常食器である碗・皿と、調理具としての擂鉢が中心で、仏具や屋瓦を兼焼する例もあります。③の常滑・渥美・湖西・兼山・中津川などは碗・皿・擂鉢・片口も含めますが、主力は壺・甕といった大形容器でした。

同じ白瓷の後身でありながら地域差が生じた主因は、用いた陶土の性質の違いに基づく分業です。瀬戸・常滑を核とする東海諸窯が大窯業地化した最大の理由は、耐火度の高い良質陶土に恵まれた点にあります。

瀬戸から美濃に続く低丘帯には「木節(きぶし)粘土」と総称される良質粘土が豊富に埋蔵し、三国山・猿投山などを基盤とする花崗岩由来の鮮新統瀬戸陶土層や矢田川累層のカオリン系鉱物から成り、耐火度が高く緻密で可塑性にも富みました〔注:カオリン=耐火性に優れた白色粘土鉱物/可塑性=成形に適したねばり〕。

これらは高火度を要する施釉製作に最適で、古瀬戸系の施釉技術が入る以前、東濃で白瓷系施釉が長く続いた背景でもあります。他方、知多半島の陶土は同じく猿投山花崗岩を母岩とする矢田川累層の常滑層群に属し、やや耐火度が低いため大形の壺・甕に適しました。

猿投窯と美濃須衛窯の分布域は地質的に中間的性格を持ち、無釉の白瓷系器を焼くのに合致しました。南北に長大に分布する陶土は堆積順序や運搬距離の差で性質が分かれ、それぞれの地域に見合う器種の分業を可能にしたのです。

成形は器種・大きさに応じて水挽き轆轤(ろくろ)や紐作りが基本で、瀬戸・美濃を除けば初期の三筋文(みすじもん)系装飾を別として概ね器面装飾を施しません〔注:三筋文=口頸部などに平行線を刻む意匠〕。

焼成技法では、瓷器系の窯は共通して丘陵頂近くに大容積の登窯体を掘り抜き、燃焼室と焼成室の境に太い分焔柱(ぶんえんちゅう)を備える構造を採ります〔注:分焔柱=炎を分配し燃焼効率を高める隔壁状の柱〕。この装置は十世紀初頭の白瓷窯に起源を持ち、東海から畿内の一部に限って見られました。

ただし同一基本構造でも、陶土の耐火性に応じ細部が異なります。瀬戸・美濃のように高耐火土の場合、燃焼室床は奥へわずかに上がり、渥美のように粗質で低耐火の土では焚口から分焔柱へ向かって大きく下がり、間接焰的な焼成となります。

ここで扱う器物は機能上三群に要約できます。すなわち、古瀬戸系を除く美濃の白瓷系施釉陶器、東海一円の白瓷系窯で焼かれた無釉の碗・皿・鉢、そして常滑・渥美・兼山・中津川などの大形貯蔵容器である壺・甕です。第二の碗・皿・鉢はどの窯でも大量生産され、中世陶器の基底を成しました。

中世的性格をもっとも示すのは大形の壺・甕と擂鉢で、瀬戸に先立ち常滑・渥美でその姿が確立しました。壺は須恵器以来の一般貯蔵容器ですが、中世には「種壺(たねつぼ)」の語が示すように農業と密接で、播種用の種籾の貯蔵と、播き前の浸種〔注:籾を水に浸して発芽を揃える操作〕の容器として重視されました。

平安末からの二毛作普及で浸種は収量に直結したと考えられます。甕は水甕・酒造に不可欠であるうえ、鎌倉期に進む肥培技術の発達で肥甕としての役割が増し、草木灰に加えて糞尿の利用が広がります。擂鉢(別称・大平鉢)は万能調理具として日常に欠かせませんでした。

では、なぜ大形壺・甕の焼成が猿投窯から遠い半島部の常滑・渥美に展開したのか。第一に陶土で、常滑周辺の半島中央部は常滑粘土のうち黒土が卓越し、この低耐火の土が大形容器に適したためです。第二に、東西幅が狭い丘陵帯が海に近く、舟運による広域輸送に極めて便利だった点で、渥美半島も同条件でした。

常滑の大甕は青森から鹿児島まで全国に流通しました。前代以来の白瓷技術に裏付けられた品質に加え、舟運の優位が、常滑を全国に先んじて大窯業地へ押し上げた要因であり、渥美も同様の立地的恩恵を受けます。

もっとも常滑・渥美は農民雑器だけに終始しません。各地の経塚から出る経筒外容器や、中世墓地の蔵骨器には三筋文系文様をもつ上手の品が用いられ、常滑の中形経甕・三筋壺、渥美の刻文壺などは雑器の水準を超えます〔注:経塚=経巻を埋納した遺構/蔵骨器=遺骨を納める容器〕。

常滑特産と見なされがちな三筋壺は宗教的象徴ではなく、猿投や美濃須衛で模倣された宋代白磁の四耳壺にある複線三筋の図様を省略・転化した意匠に由来し、渥美の刻文壺も同系譜に位置づけられます。秋草文の大形瓶も、中国の広口瓶を猿投で倣製した作に粗型を求められます。

このように常滑・渥美も中国陶磁の影響を受けますが、瀬戸のように忠実模倣に傾くのではなく、独自へと変奏した点に、中央貴族社会と結びついた独特の需要世界が読み取れます。

最後に、瓷器系第一類の変型といえる美濃須衛窯について触れます。美濃須衛は岐阜市から各務原市にかけての須恵器中枢で、十世紀に尾張の白瓷技法を取り入れ白瓷生産へ転換しました。ところが十二世紀に入ると、東端の一部を除き、生産を停めます。

この東端域では注目すべき成果が判明しました。稲田山古窯跡群の東丘陵で、無釉の碗・皿に加え、肩に灰釉を施した四耳壺や土瓶など、古瀬戸と同系の器種を焼く窯が発見され、新たな問題を投げかけています〔注:灰釉=木灰を溶剤とする自然系釉薬/四耳壺=肩に四つの耳(把手状突起)を持つ壺〕。

この四耳壺は従来、瀬戸近傍製と漠然とされ、東海各地からの出土が知られてきました。稲田山窯は鎌倉中期頃ですが、同系壺は高野山奥之院や新潟・華報寺経塚出土品に十二世紀後半へ遡る形があり、美濃須衛窯には未発見の同系窯が複数存在したことになります。

四耳壺は美濃須衛のみならず猿投西部でも焼かれ、その原型は当時多く舶載された宋代白磁の四耳壺でした。猿投西部の東山窯はやがて瀬戸窯に継承されますが、美濃は白瓷系の技法を保ちながら継続し、この点で尾張とは異なる展開を辿り、南北朝期には古瀬戸系施釉が主座を奪うに至ります。


要約(300〜500字)
中世東海の陶器は、施釉の古瀬戸と無釉の焼締という二系統を軸に、白瓷系の碗・皿・鉢、そして常滑・渥美などの大形壺・甕が分業的に支えました。十二世紀初頭に成立し、地域差は陶土の性質に依拠します。瀬戸・美濃は高耐火の木節粘土により施釉を展開し、知多半島のやや低耐火土は大形容器に適して舟運で広域流通を実現。窯構造は分焔柱を備えた共通型ながら土質で細部が異なりました。大形壺は農業の種籾浸種や肥培に直結し中世的意義を帯び、常滑・渥美は経塚容器や刻文壺など上手物も産しました。美濃須衛は白瓷へ転じつつ一部で四耳壺・土瓶を焼き、宋代白磁の影響を独自に変奏し、のち古瀬戸系施釉へ主座が移行します。

【関連用語】

  • 常滑:中世古窯の一つ。大甕や施釉陶で知られる。
  • 渥美:中世古窯の一つ。刻文壺など個性的な大形容器を産する。
  • 猿投:平安〜中世の大窯。白瓷・模倣宋磁などを展開。
  • 瀬戸:尾張の産地。「せともの」の語源となった中核窯業地。
  • 美濃:岐阜東濃の産地。のちに志野・織部・黄瀬戸を生む基盤。
  • 信楽:日本六古窯。焼締と自然釉の力強い作風が特徴。
  • 備前:日本六古窯。無釉焼締で茶褐色、武骨な景を持つ。
  • 丹波:日本六古窯。壺・甕など実用器に秀で、自然釉が見られる。
  • 越前:日本六古窯。壺・甕・擂鉢を中心に力強い焼締を展開。
  • 珠洲:北陸の中世窯。還元焼成の灰黒色陶で知られる。