主要産地

主要産地

柿右衛門解説(2)

柿右衛門解説(2)承応(じょうおう)頃、すなわち元和・寛永(1615〜1644)の創成期を抜けた段階で、有田の磁業はオランダ商館〔注:平戸・長崎に置かれたオランダ東印度会社(VOC)の拠点〕の目にとまり、大量買付によって一気に加速しました。...
主要産地

柿右衛門解説(1)

柿右衛門解説江戸時代初期から現代まで、佐賀県有田町(ありたちょう)を中心に展開した磁器生産は、日本陶芸史で際立つ位置を占めます。とりわけ染付〔注:コバルト顔料で下絵を描き透明釉の下で焼く技法〕・青磁〔注:鉄分を含む釉による青緑色の磁器〕・赤...
主要産地

古九谷解説(5)

古九谷解説(5)古伊万里(こいまり)〔注:肥前有田の17世紀磁器総称〕と、伝世(でんせい)古九谷(こくたに)〔注:後世まで伝わった九谷系の作例群〕の作風が大きく異なるのに、両者とも有田(ありた)で焼かれた可能性があるなら、その内在的な問題点...
主要産地

古九谷解説(4)

古九谷解説(4)古九谷(こくたに)を深く愛好する人々にとって、「伝世古九谷の素地(そじ)〔注:器体の胎土・磁胎〕の大半は有田(ありた)製」という推定は受け入れ難く、物原(ものはら)〔注:窯周辺の廃棄場〕出土片が九谷素地の全貌ではないのでは、...
主要産地

古九谷解説(3)

古九谷解説(3)加賀藩(かがはん)による初期の柿右衛門(かきえもん)焼など伊万里(いまり)色絵の買付が、のちに古九谷(こくたに)と見なされていく過程を前回推測しました。大聖寺(だいしょうじ)藩が九谷磁石(くたにじせき)〔注:九谷周辺で産する...
主要産地

古九谷解説(2)

古九谷解説(2)有田(ありた)の色絵磁器〔注:釉上に多色の絵付を施す磁器〕は、初代・酒井田柿右衛門(さかいだ かきえもん/喜三右衛門)の史料「覚(おぼえ)」に記録されているとおり、正保四年(1647)以後にオランダ東インド会社〔注:VOC、...
主要産地

古九谷解説(1)

古九谷概説古九谷(こくたに)の窯は、長く実態が不明確で、有田(ありた)磁器との関係も含めて専門家や愛好家の間で論争の的でした。こうした状況を受け、石川県は昭和四十五年(1970)から同五十二年(1977)にかけて石川県古窯跡発掘調査委員会の...
主要産地

乾山(けんざん)解説(2)

乾山解説(2)—白化粧下地と工房生産の展開乾山(けんざん)の作品で特に注目されるのは、元禄十五年(1702)の年紀をもつ藤原定家(ふじわら の ていか)の和歌を各裏面に記した「色絵十二ヶ月色紙皿(しきしざら)」〔注:色紙形の角皿の意匠〕に始...
主要産地

乾山(けんざん)解説(1)

乾山解説(1)—空中斎光甫と乾山の出自乾山焼の図版を構成するにあたり、乾山(けんざん)に強い影響を与えたと考えられる空中斎本阿弥光甫(くうちゅうさい ほんあみ こうほ)の作陶を無視することはできません。彼の作品は仁清(にんせい)や乾山ほど大...
主要産地

仁清解説(3)

仁清(にんせい)—生没年不詳と後継・運営の実相仁清は、正保(しょうほう)期から明暦(めいれき)・延宝(えんぽう)期にかけて一貫して活躍した名工であり、江戸時代の陶工としては例外的に文献が多いにもかかわらず、生没年は確定していません。これは当...
主要産地

仁清解説(2)

仁清(にんせい)—御室焼(おむろやき)の性格と呼称の確立・技法の全貌御室焼〔注:仁和寺(にんなじ)門前に営まれた京焼の一系統〕が他の京窯と異なる性格をもったことは、当時の記録が圧倒的に多い点からもうかがえます。仁和寺と結びついた窯であったか...
主要産地

仁清解説(1)

仁清(にんせい)—資料の豊富さと御室焼(おむろやき)の創始江戸中期以前の日本陶磁史には未解明の点が多く、これは窯や陶工の消息を裏づける確実な文献や作品が乏しいためです。そうした中で比較的資料が多いのが、京焼〔注:京都の陶磁器の総称〕の仁清(...
主要産地

京焼解説(7)永楽保全(えいらく ほぜん)

永楽保全(えいらく ほぜん)の生涯と作域永楽保全は、青木木米(あおき もくべい)や仁阿弥道八(にんなみ どうはち)より若く、寛政七年(1795)に京都の織屋・沢井家(さわいけ)に生まれ、幼少期は百足屋木村小兵衛(むかでや きむら こへえ)薬...
主要産地

京焼解説(6)仁阿弥道八(にんなみ どうはち)

仁阿弥道八(にんなみ どうはち)の生涯と作域仁阿弥道八(にんなみ どうはち、1783–1855)は、天明三年三月十日、京都・粟田口表町(あわたぐち おもてちょう)の陶家「高橋道八家(たかはし どうはちけ)」に次男として生まれ、諱(いみな)は...
主要産地

京焼解説(5)青木木米(あおき もくべい)

青木木米(あおき もくべい)の生涯と作風江戸期の京焼(きょうやき)三百年を通観すると、独創性で双璧をなすのは緒方乾山(おがた けんざん)と青木木米(1767–1833)です。元禄・享保の宮廷趣味を背景に雅陶を築いた乾山に対し、木米は文化・文...
主要産地

京焼解説(4)奥田頴川(おくだ えいせん)

頴川(えいせん)による磁器化の転回十八世紀後半、東山山麓の諸窯は作風の更新が鈍り停滞が指摘されますが、ここに新風を吹き込み京焼(きょうやき)を活性化したのが奥田頴川(おくだ えいせん, 1753–1811)で、彼の革新は京都では乾山(けんざ...
主要産地

京焼解説(3)古清水

古清水(こきよみず)の範囲と呼称「古清水(こきよみず)」と聞くと清水焼(きよみずやき)の古作だけを指すように思われますが、実際には東山山麓(ひがしやまさんろく)〔注:京都市東部の丘陵地帯〕の広域、すなわち南の清閑寺(せいかんじ)から北の修学...
主要産地

京焼解説(2)

京焼の展開(江戸中期〜幕末)江戸中期(元禄〜寛政)になると、当時の京焼(きょうやき)の中で独自の存在感を放ったのは乾山焼(けんざんやき)〔注:尾形乾山の作風を基盤とする京焼の一様式〕だけでしたが、仁清(にんせい)の御室焼(おむろやき)はすで...
主要産地

京焼解説(1)

京焼の成立と展開(江戸初期)江戸時代に入ると、京都(きょうと)は全国でも指折りの窯業地となりますが、室町末までは名高い陶器はほとんど生まれていませんでした。とはいえ陶磁と無縁ではなく、平安期には素焼や緑釉〔注:鉛釉に銅を加えた緑色の釉薬〕の...
主要産地

唐津焼とは (其の七 唐津焼の種類と特色)

奥高麗(おくこうらい)古作の無地茶碗を指し、高麗茶碗〔注:朝鮮半島産の茶碗の総称〕に近い意匠と姿からこの名が生まれたと考えられます。口縁が開いた椀形で大振りの作が多く、胎土と釉膚はいずれも柔らかに焼き上がるのが特色です。焼成窯は確定していま...
主要産地

唐津焼とは (其の六 唐津と美濃の関係)

桃山期、東の美濃と西の唐津は、ともに施釉陶(せゆうとう)〔注:釉薬を施して焼成する陶器〕を主軸に展開した代表的窯場でした。美濃は古瀬戸(こせと)以来の系譜を延ばし、唐津は朝鮮渡来の陶工が李朝陶風を伝えて創始されたため、成形法には大きな差が見...
主要産地

唐津焼とは (其の五 都会の需要)

唐津焼(からつやき)は、美濃(みの)と異なり、基調としては雑器(ざっき)〔注:日常の飲食や貯蔵に用いる実用器の総称〕が多く焼かれたと推測されますが、その内実には茶道具(ちゃどうぐ)〔注:茶の湯に用いる器物の総称〕と重なる領域が広く、壺・皿・...
主要産地

唐津焼とは (其の四 桃山後期から江戸前期にかけて)

桃山後期から江戸初期の唐津焼の展開は、美濃陶芸と軌を一にして侘茶(わびちゃ)〔注:簡素・幽玄を尊ぶ茶の湯の様式〕の盛行が国産茶陶への需要を押し上げ、量産化を促した帰結とみられ、その端緒を大きく押し広げたのが文禄・慶長役でした。文禄元年、豊臣...
主要産地

唐津焼とは (其の参 唐津諸窯から)

唐津の諸窯から出土する陶片を総観すると、岸岳の飯洞甕や帆柱(ほばしら)窯、ないしその系譜に属する作が最古層を占め、器形・装飾ともに素朴で荒磯の魅力を帯びますが、文禄・慶長役を契機に朝鮮から多数の陶工が渡来して在来の陶工と合流し、各地に築窯し...
主要産地

唐津焼とは (其の弐 岸岳の諸窯)

昭和四十六年(1971年)に島根大学・浅海(あさみ)教授が実施した熱残留磁気測定〔注:焼成後に磁性体に残る磁化から焼成年代を推定する物理測定法〕の結果、岸岳の飯洞甕「下窯」は十六世紀末に操業を終えた可能性が高いと示されました。これは岸岳城主...
主要産地

唐津焼とは(其の壱 生い立ち)

現在わかっているかぎり、いわゆる唐津焼(からつやき)〔注:佐賀県唐津市周辺で焼かれた陶器の総称〕を焼いた窯は、佐賀県東松浦郡(ひがしまつらぐん)・伊万里(いまり)市・武雄(たけお)市・有田(ありた)町・長崎県佐世保(させぼ)市などに百基以上...
主要産地

黄瀬戸(きせと)

桃山時代の美濃(みの)一帯では、やきものの様式がめまぐるしく展開しました。技術や作風は直線的に進歩するのではなく、戦乱の収束や茶の湯の流行といった外的刺激を契機に一気に跳ね上がり、景色(けしき)を一変させます。永禄(1558–70)から天正...
主要産地

瀬戸焼(7) 瀬戸の古窯

瀬戸(せと)の古窯については、従来の文献で挙げる数に相違が見られます。便宜上、本稿では『をはりの花』に記録されている古窯名を列挙しますが、古窯の総数はこれに限られません。とりわけ古い瀬戸の窖窯(あながま)〔注:横穴式の単室窯〕は移動性が高く...
主要産地

瀬戸焼(6)【江戸時代以降】

(一)概説徳川家康(とくがわ いえやす)が政権を確立し、その子・義直(よしなお)が尾張(おわり)に封ぜられると、瀬戸の陶祖一族を各地に分散させるのは不利と判断され、1610年(慶長15)2月5日、加藤利右衛門景貞(かとう りえもん かげさだ...
主要産地

瀬戸焼(4)【安土・桃山時代】

わが国の窯業技術は工芸の多くと同様に中国・朝鮮からの伝来を基盤とし、室町期までは総じて未成熟であったため、茶の湯で用いる器は唐物〔注:輸入陶磁の総称〕が主流で国産は顧みられませんでしたが、織田信長(おだ のぶなが)の時代に至って嗜好が国産へ...
主要産地

瀬戸焼(3)【藤四郎時代】

ここでいう「藤四郎(とうしろう)時代」とは、瀬戸の陶祖と伝えられる初代・加藤藤四郎景正(かとう とうしろう かげまさ/鎌倉時代)から、四世・藤四郎政蓮(まされん/室町初期)までの期間を指します。史実としては曖昧な区間ですが、伝承は根強く、ま...
主要産地

瀬戸焼(2)【発祥から室町時代まで】

尾張(おわり)国で陶磁が営まれた起源は明確ではありませんが、『日本後紀』弘仁六年(815)正月五日の条には「造瓷器生、尾張国山田郡の人、三家人部乙麿等三人、伝え習い業を成す」と記され、また『延喜式』には尾張国の瓷器〔注:古称で陶磁器の意〕の...
主要産地

瀬戸焼(1)【総説】【地域】

【総説】瀬戸焼(せとやき)〔注:愛知県瀬戸市を中心に産する陶磁器の総称〕は、わが国の製陶業における最大級の集積地として長い歴史と旺盛な生産を誇り、「瀬戸物(せともの)〔注:陶磁器の通称〕=陶磁器」を意味するほど名が広く定着しましたが、その背...
主要産地

瀬戸・美濃(中世の施釉陶器)

古瀬戸(こせと)は、美濃(みの)と並んで中世で唯一の施釉陶器〔注:器面に釉薬をかけて仕上げる陶器〕として知られ、名古屋市の東北東約20kmに位置する瀬戸(せと)市街地を取り巻く標高100〜200mの低い丘陵帯で焼かれました。狭義の瀬戸窯(せ...
主要産地

飯坂(いいざか)・亀山(かめやま)

東北各地の経塚や遺跡から出土する黒ずんだ陶器は、かつて一括して須恵器(すえき)〔注:古墳~平安期の高火度・無釉の実用陶〕と見なされましたが、昭和後期に珠洲焼(すずやき)の実態解明が進むと、日本海側沿岸から北海道にかけて出土する多くが珠洲焼で...
主要産地

珠洲(すず)

須恵器(すえき)〔注:古墳~平安期に広く用いられた高火度の無釉灰色陶〕と見まがうほど黒々とした地肌をもつ珠洲焼は、能登半島(のとはんとう)北東端の丘陵地に営まれた中世窯で、主産地は現在の石川県珠洲市周辺です。長らく須恵器と混同されましたが、...
主要産地

越前(えちぜん)・加賀(かが)

越前古窯〔注:中世に操業した窯跡群の総称〕が北陸最大級の中世窯として広く認知されるのは戦後で、以来二十数年の調査蓄積を背景に、在地研究者の水野九右衛門(みずの・くえもん)氏の尽力によって、断片的だった知見が実見調査と出土資料の集成でつながり...
主要産地

越前(えちぜん)・珠洲(すず)

越前と珠洲は、北陸を代表する中世陶器〔注:中世に各地で量産された日用陶器の総称〕です。越前は福井県南部(越前市から丹生郡の山地)で生産された無釉の焼締陶〔注:釉薬をかけず高温で素地を緻密に焼き締めた陶器〕で、褐色の地肌に自然釉〔注:薪灰が溶...
主要産地

丹波

丹波焼(たんばやき)は畿内西部の山間で興り、焼締陶〔注:釉薬をかけず高火度で素地を緻密化させた陶器〕の中では最も明るく洗練された姿を示します。鉄分の少ない灰白の素地に高火度焼成で淡い緑の自然釉〔注:薪灰が溶けて自然に付く釉景〕が流れ、耐火度...
主要産地

備前

昭和五十二年(1977)、香川県小豆島(しょうどしま)東方沖合約六キロの「水ノ子岩」北斜面の海底から大量の古備前(こびぜん)〔注:中世期の備前焼の総称〕が発見され、わが国初の本格的な水中考古学調査で引き揚げられたことは大きな反響を呼びました...
スポンサーリンク