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三彩・緑釉・灰釉 解説(正倉院陶器)

正倉院陶器(しょうそういんとうき)の構成と性格正倉院(しょうそういん)に伝来するやきものは、通称「正倉院三彩(さんさい)」と呼ばれる彩釉陶器〔注:鉛釉(えんゆう)〔注:酸化鉛を媒熔剤とする低火度釉〕を用いた多彩施釉の陶器〕五十七点と、いわゆ...
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三彩・緑釉・灰釉 解説(灰釉陶器)

三彩・緑釉・灰釉 解説(灰釉陶器)灰釉陶器(かいゆうとうき)〔注:植物灰を溶剤とする高火度の釉を素地に施した陶器〕は、奈良・平安時代に猿投窯(さなげよう)〔注:尾張・三河に広がる古窯群の総称〕を中核として東海地方で生産された施釉(せゆう)〔...
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三彩・緑釉・灰釉 解説(三彩壺)

三彩・緑釉・灰釉の成立と展開(三彩壺)古代後期すなわち奈良・平安時代のやきものの中で、最も特徴的なのは三彩(さんさい)・緑釉(りょくゆう)など鉛釉(えんゆう)〔注:鉛成分を含む低火度釉〕を施した彩釉陶器(さいゆうとうき)と、高火度焼成の灰釉...
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柿右衛門解説(4)

柿右衛門解説(4)有田(ありた)の色絵磁器〔注:釉上で多色彩を焼き付ける磁器の総称〕が初期段階を脱し、明確な様式美を備えるのは、寛文(かんぶん)後期(1661–73)から延宝(えんぽう)(1673–81)にかけてと考えられます。さらに元禄(...
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柿右衛門解説(3)

柿右衛門解説(3)いわゆる柿右衛門焼〔注:有田磁業の中で確立した赤絵様式の一系統を指す便宜的名称〕が、有田(ありた)の多様な生産群のうち「一様式名」に過ぎない点は前章までに述べましたが、酒井田家には他家に見られない古文書が数多く伝来し、初代...
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柿右衛門解説(2)

柿右衛門解説(2)承応(じょうおう)頃、すなわち元和・寛永(1615〜1644)の創成期を抜けた段階で、有田の磁業はオランダ商館〔注:平戸・長崎に置かれたオランダ東印度会社(VOC)の拠点〕の目にとまり、大量買付によって一気に加速しました。...
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柿右衛門解説(1)

柿右衛門解説江戸時代初期から現代まで、佐賀県有田町(ありたちょう)を中心に展開した磁器生産は、日本陶芸史で際立つ位置を占めます。とりわけ染付〔注:コバルト顔料で下絵を描き透明釉の下で焼く技法〕・青磁〔注:鉄分を含む釉による青緑色の磁器〕・赤...
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古九谷解説(5)

古九谷解説(5)古伊万里(こいまり)〔注:肥前有田の17世紀磁器総称〕と、伝世(でんせい)古九谷(こくたに)〔注:後世まで伝わった九谷系の作例群〕の作風が大きく異なるのに、両者とも有田(ありた)で焼かれた可能性があるなら、その内在的な問題点...
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古九谷解説(4)

古九谷解説(4)古九谷(こくたに)を深く愛好する人々にとって、「伝世古九谷の素地(そじ)〔注:器体の胎土・磁胎〕の大半は有田(ありた)製」という推定は受け入れ難く、物原(ものはら)〔注:窯周辺の廃棄場〕出土片が九谷素地の全貌ではないのでは、...
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古九谷解説(3)

古九谷解説(3)加賀藩(かがはん)による初期の柿右衛門(かきえもん)焼など伊万里(いまり)色絵の買付が、のちに古九谷(こくたに)と見なされていく過程を前回推測しました。大聖寺(だいしょうじ)藩が九谷磁石(くたにじせき)〔注:九谷周辺で産する...
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古九谷解説(2)

古九谷解説(2)有田(ありた)の色絵磁器〔注:釉上に多色の絵付を施す磁器〕は、初代・酒井田柿右衛門(さかいだ かきえもん/喜三右衛門)の史料「覚(おぼえ)」に記録されているとおり、正保四年(1647)以後にオランダ東インド会社〔注:VOC、...
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古九谷解説(1)

古九谷概説古九谷(こくたに)の窯は、長く実態が不明確で、有田(ありた)磁器との関係も含めて専門家や愛好家の間で論争の的でした。こうした状況を受け、石川県は昭和四十五年(1970)から同五十二年(1977)にかけて石川県古窯跡発掘調査委員会の...
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乾山(けんざん)解説(2)

乾山解説(2)—白化粧下地と工房生産の展開乾山(けんざん)の作品で特に注目されるのは、元禄十五年(1702)の年紀をもつ藤原定家(ふじわら の ていか)の和歌を各裏面に記した「色絵十二ヶ月色紙皿(しきしざら)」〔注:色紙形の角皿の意匠〕に始...
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乾山(けんざん)解説(1)

乾山解説(1)—空中斎光甫と乾山の出自乾山焼の図版を構成するにあたり、乾山(けんざん)に強い影響を与えたと考えられる空中斎本阿弥光甫(くうちゅうさい ほんあみ こうほ)の作陶を無視することはできません。彼の作品は仁清(にんせい)や乾山ほど大...
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仁清解説(3)

仁清(にんせい)—生没年不詳と後継・運営の実相仁清は、正保(しょうほう)期から明暦(めいれき)・延宝(えんぽう)期にかけて一貫して活躍した名工であり、江戸時代の陶工としては例外的に文献が多いにもかかわらず、生没年は確定していません。これは当...
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仁清解説(2)

仁清(にんせい)—御室焼(おむろやき)の性格と呼称の確立・技法の全貌御室焼〔注:仁和寺(にんなじ)門前に営まれた京焼の一系統〕が他の京窯と異なる性格をもったことは、当時の記録が圧倒的に多い点からもうかがえます。仁和寺と結びついた窯であったか...
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仁清解説(1)

仁清(にんせい)—資料の豊富さと御室焼(おむろやき)の創始江戸中期以前の日本陶磁史には未解明の点が多く、これは窯や陶工の消息を裏づける確実な文献や作品が乏しいためです。そうした中で比較的資料が多いのが、京焼〔注:京都の陶磁器の総称〕の仁清(...
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京焼解説(7)永楽保全(えいらく ほぜん)

永楽保全(えいらく ほぜん)の生涯と作域永楽保全は、青木木米(あおき もくべい)や仁阿弥道八(にんなみ どうはち)より若く、寛政七年(1795)に京都の織屋・沢井家(さわいけ)に生まれ、幼少期は百足屋木村小兵衛(むかでや きむら こへえ)薬...
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京焼解説(6)仁阿弥道八(にんなみ どうはち)

仁阿弥道八(にんなみ どうはち)の生涯と作域仁阿弥道八(にんなみ どうはち、1783–1855)は、天明三年三月十日、京都・粟田口表町(あわたぐち おもてちょう)の陶家「高橋道八家(たかはし どうはちけ)」に次男として生まれ、諱(いみな)は...
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京焼解説(5)青木木米(あおき もくべい)

青木木米(あおき もくべい)の生涯と作風江戸期の京焼(きょうやき)三百年を通観すると、独創性で双璧をなすのは緒方乾山(おがた けんざん)と青木木米(1767–1833)です。元禄・享保の宮廷趣味を背景に雅陶を築いた乾山に対し、木米は文化・文...
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京焼解説(4)奥田頴川(おくだ えいせん)

頴川(えいせん)による磁器化の転回十八世紀後半、東山山麓の諸窯は作風の更新が鈍り停滞が指摘されますが、ここに新風を吹き込み京焼(きょうやき)を活性化したのが奥田頴川(おくだ えいせん, 1753–1811)で、彼の革新は京都では乾山(けんざ...
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京焼解説(3)古清水

古清水(こきよみず)の範囲と呼称「古清水(こきよみず)」と聞くと清水焼(きよみずやき)の古作だけを指すように思われますが、実際には東山山麓(ひがしやまさんろく)〔注:京都市東部の丘陵地帯〕の広域、すなわち南の清閑寺(せいかんじ)から北の修学...
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京焼解説(2)

京焼の展開(江戸中期〜幕末)江戸中期(元禄〜寛政)になると、当時の京焼(きょうやき)の中で独自の存在感を放ったのは乾山焼(けんざんやき)〔注:尾形乾山の作風を基盤とする京焼の一様式〕だけでしたが、仁清(にんせい)の御室焼(おむろやき)はすで...
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京焼解説(1)

京焼の成立と展開(江戸初期)江戸時代に入ると、京都(きょうと)は全国でも指折りの窯業地となりますが、室町末までは名高い陶器はほとんど生まれていませんでした。とはいえ陶磁と無縁ではなく、平安期には素焼や緑釉〔注:鉛釉に銅を加えた緑色の釉薬〕の...
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長次郎解説(6)

長次郎解説(6)宗入(そうにゅう)筆録の文書群によって、これまで記録上は見えにくかった宗慶(そうけい)が、庄左衛門宗味(そうみ)と吉左衛門常慶(じょうけい)の実父であったこと、宗味も一時「吉左衛門」を名乗り、宗味と常慶が実の兄弟であったこと...
人名

長次郎解説(5)

長次郎解説(5)山中道億(やまなか どうおく)は、利休(りきゅう)の孫・千宗旦(せん そうたん)について「不目利〔注:鑑識眼に欠ける意〕で取り違えが多い」と批判しましたが、たしかに宗旦は長次郎(ちょうじろう)に関して後世から責められても仕方...
人名

長次郎解説(4)

長次郎解説(4)長次郎(ちょうじろう)の陶法は、元祖と伝わる唐人「あめや(阿米也)」〔注:来朝したとされる陶工〕に始まり、南中国から当時「交趾支那」と呼ばれた現在のベトナム北部一帯で焼かれた交趾焼(こうちやき)〔注:低火度の施釉陶の系譜〕の...
人名

長次郎解説(3)

長次郎解説(3)半筒形(はんとうけい)〔注:口径に比べて高さがややあり、胴にふくらみを持つ筒状の器形〕の茶碗は、長く桃山様式の所産として天正年間(1573–92)に始まったと考えられてきましたが、近年の美濃古窯の発掘によれば、早ければ天文(...
人名

長次郎解説(2)

長次郎解説(2)長次郎(ちょうじろう)の茶碗が「宗易形(そうえきがた)」〔注:千宗易=千利休(せんの りきゅう)の好みに基づく意匠基準〕として天正十四年(1586)にはじめて茶の世界に現れたのか、あるいはそれ以前から利休やその周辺と関わりつ...
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長次郎解説(1)

長次郎解説(1)長次郎(ちょうじろう)の茶碗はすべて手捏ね〔注:ろくろを使わず手で成形する技法〕で一碗ずつ丹念に作られていますが、真に気迫が凝縮した名碗といえる作はそれほど多くありません。とはいえ注目すべきは、長次郎の茶碗がどれも一種の「格...
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楽解説(6) 旦入(たんにゅう)―慶入(けいにゅう)・弘入(こうにゅう)

楽解説(6) 旦入(たんにゅう)―慶入(けいにゅう)・弘入(こうにゅう)旦入(了入の次男・十代)の作風は、父了入(りょうにゅう)の影響を受けつつも技巧の誇示は控えめで、剃髪後は意識して稚拙味〔注:あえて素朴に見せる作為〕を求める傾向が強まり...
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楽解説(5) 了入(りょうにゅう)・旦入(たんにゅう)

楽解説(5) 了入(りょうにゅう)・旦入(たんにゅう)了入(りょうにゅう)は得入(とくにゅう)の弟として宝暦六年(1756)に生まれ、幼名は惣次郎(そうじろう)、諱(いみな)は喜全(きぜん)でした。明和七年(1770)に父・長入(ちょうにゅ...
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楽解説(4) 宗入(そうにゅう)

楽解説(4) 宗入(そうにゅう)宗入(そうにゅう)は養子とはいえ二歳で楽家に入ったため、茶碗作りの現場に幼少期から日常的に触れて育ち、成形・焼成・釉調整の一連を早くから体得しました。さらに養父である一入(いちにゅう)が示した長次郎(ちょうじ...
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楽解説(3) 一入(いちにゅう)

楽解説(3) 一入(いちにゅう)一入の用いた胎土は、長次郎以来の聚楽土〔じゅらくつち:京都・聚楽周辺で産した粗めの陶土〕のほか白土〔注:可塑性が高く発色が明るい陶土〕、さらには備前土〔びぜんつち:耐火度が高く鉄分に富む岡山系の土〕を混ぜ合わ...
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楽解説(2) 道入(どうにゅう)(ノンコウ)

楽解説(2) 道入(どうにゅう)(ノンコウ)道入(ノンコウ)の茶碗は、口造りが蛤端(はまぐりば)〔注:口縁をごく薄く貝殻状に仕立てる技法〕で、見込(みこみ)〔注:碗の内部中央から底にかけての見える面〕を広く取り、茶溜り〔注:見込に設ける湯・...
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楽解説(1)楽茶碗の成立と道入(どうにゅう)―長次郎から光悦へ

楽茶碗の成立と道入(どうにゅう)―長次郎から光悦へ桃山時代の天正年間(1573–1592)に京都で創始された長次郎(ちょうじろう)の楽茶碗〔注:京都・楽家に伝わる手捏ねの茶碗。黒楽・赤楽が代表〕は、日本の陶芸史に前例を持たない作風でした。ろ...
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唐津焼とは (其の七 唐津焼の種類と特色)

奥高麗(おくこうらい)古作の無地茶碗を指し、高麗茶碗〔注:朝鮮半島産の茶碗の総称〕に近い意匠と姿からこの名が生まれたと考えられます。口縁が開いた椀形で大振りの作が多く、胎土と釉膚はいずれも柔らかに焼き上がるのが特色です。焼成窯は確定していま...
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唐津焼とは (其の六 唐津と美濃の関係)

桃山期、東の美濃と西の唐津は、ともに施釉陶(せゆうとう)〔注:釉薬を施して焼成する陶器〕を主軸に展開した代表的窯場でした。美濃は古瀬戸(こせと)以来の系譜を延ばし、唐津は朝鮮渡来の陶工が李朝陶風を伝えて創始されたため、成形法には大きな差が見...
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唐津焼とは (其の五 都会の需要)

唐津焼(からつやき)は、美濃(みの)と異なり、基調としては雑器(ざっき)〔注:日常の飲食や貯蔵に用いる実用器の総称〕が多く焼かれたと推測されますが、その内実には茶道具(ちゃどうぐ)〔注:茶の湯に用いる器物の総称〕と重なる領域が広く、壺・皿・...
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唐津焼とは (其の四 桃山後期から江戸前期にかけて)

桃山後期から江戸初期の唐津焼の展開は、美濃陶芸と軌を一にして侘茶(わびちゃ)〔注:簡素・幽玄を尊ぶ茶の湯の様式〕の盛行が国産茶陶への需要を押し上げ、量産化を促した帰結とみられ、その端緒を大きく押し広げたのが文禄・慶長役でした。文禄元年、豊臣...
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