【原文】[Original text]
藩窯の原料精選
此製造原料は、有田泉山の磁石中なる、御用坑と稱する特等石に、僅少の山石を調節したるものであつた。其外一切の材料は、精選に精選を重ねて使用し、且優秀なる工人のみを選択し、全く採算を度外視して、ひたすら製品も精巧を期せし結果、今や色鍋島の物は國寶に指定されしまでに、精華を極めし作品が残されてある。
御細工屋には、郡目附、下目附、主役、手男といふ四人の役人常任に詰切り、勘定及作業監督の外、職工の取締に従事した。一面又職工には、遺憾なく其天才を發揮せしむるに努めた。
二百年間の精練
斯くて彼等が研鑽せる獨特の秘法と、考案せる優秀の意匠とは、容易に他に洩るゝことなく、茲に二百年の長き間精練されて、特種の發達を遂げたのである。
二本柳古登の窯數は、三十三間連続されて、藩用の窯は、其真中の三間丈であつた。之は火度の冷熱に均分を調ふる爲にて、此三間には構造に於いても、特別の注意を加へありしことは申すまでもない。
民窯の無料焚
而して此前後三十間の窯は、無料にて民窯に使用せしめ、加ふるに其燃料まで藩窯の持として恵まれたる、當時の大川内窯焼の幸福察すべきである。
豫備積座
尤も御細工屋にて、特に重要なる製品は、藩窯に近き前後の民窯中にて、一番良き積座を選み、豫備としての製品が積込まれ、其中の上出来物より選択されたのである。之は多くトントウと解する、二尺丈の冠せ匣鉢にて積まれたのである。窯にては、此三十三間の惣登りの焚手十六人と定め、此内十人を本焚手となし、外の六人を助手としてありしが、民窯からも、皆交代に人夫手陣を出したのである。惟ふにそれは、彼等の積込窯が多數であり、殊に燃料と窯借料の恩寶に對しても、傍観するに忍び難い思ひがあつためであらう。
職工詮衡と支給豫算
御細工屋職人の詮衡なるものが、又頗る面倒であつた。それは轆轤細工人十一名、捻細工人四名、畫工九名、下働き七名、計三十一人の定めにて、之に目附以下諸役人より窯焚十六人に至るまで、皆本藩より扶持米及金員を興へられ、別に技術の獎勵金まで貰ってゐた此一ヶ年の支給高が米三百石金子一千兩といふ算であつた。
是等の職工は、皆俸祿に衣食して、何等後顧の憂なく、只管技術の進歩にのみ没頭することが出来たのである。又豫て天分ある職工は、何れの陶山にあるも見出されて、御用職工に取立てられたのである。此採用は職工仲間中無上の榮譽として地方の民窯にある者も。腕を磨いて御細工屋に入る可希ふたのである。
無運上地
當時百七十余戸の大川内山全部に渉り、藩窯所在地たる恩澤に依って、宅地を始め、一切の耕地まで悉く運上を免じ、全く無視なりしといはれてゐた。
徴税改革説
蓋し後代に於いては、豫備品を積入るゝ前後數間の民窯のみが、薪代の半額を補給され、其他の民窯は悉く燃料自辨となりし説があり、又運上に於いても、御細工屋と特種の關係あるもの、例せば此處の水碓の爲に、動搖を受くる宅地の如きを免税されしといはれてゐる。それは宗藩の財政窮乏による、改革の結果であらう。
藩窯の製品規定數
御細工屋の製品は、一年を通じて大皿幾個、小皿幾個、酒盃幾個との規定數があり、之が五千〇三拾一個であつた。故に此規定數の仕上を了すれば、後は大方閑散であり、其他の臨時注文品に對しては、又別に代償としての手當があつた。今市川家に残されてある臨時注文書には、何れも丁寧に圖案を施して、一々彩色されなほそれに周到なる説明が加へられてある。其一部に
臨時注文書の寫し
一石菖鉢白手染附白磁 高さ三寸厚さ五分指渡し一尺五寸足の高さ三分足の巾一寸五分
一御筆立 嘉永六丑年御前御用
一同年久世三位樣御頼 蓋水差岩石蘭菊花桃梨白地染附仕立
一御內儀御献上御用 空燈香爐
一同年久世三位樣御賴 火鉢 指渡し一尺五寸深
恰好厚同樣
一染附随分濃く二つ 三角火入青海波は白同年久世三位樣
大川内燃料山林
燃料の供給所は、郡内に二十四ヶ所の松林を指定されて、之に保護を加はへ、濫りに伐採することを禁じてあつた。而して此内十二ヶ所を、常用として年々輪伐されしが、萬一林火ありし時の豫備として、別の十二ヶ所が用意され之を御添山としてゐた。今に三本柳官有林百二十町步は、輪伐法に依り年々特賣を許可されてゐる。
色鍋島
鍋島焼の種類には、色鍋島、染附鍋島と、鍋島青磁と、鍋島七官手との四つの種類がある。色鍋島とは吳洲猫の下箱の上に、赤繪を施せしものにて、彼染附錦手を染錦とするが如く其色繪鍋島を略稱して、色鍋島といふのである。尤も鍋島焼には、柿右工門風や、古伊萬里物の如く、白素地に上繪付を施せしものは全くない。
色鍋島の上繪彩色は、赤と青と黄の三色に限られてあるも、稀に黒の上に淡紫をかけし、所謂セピヤ色など用ひしものがある。赤の種類には四五種ありて、薄塗の華やかなるもの、濃塗の重厚なるもの、何れもとりどりの優色を呈してゐる。 赤だけは濃色釉を用ふることあるも、其他は皆淡色釉が施されてゐる。故に共淡色を透して、素地の吳洲描なる草葉の脈線や、花瓣の輪廓が現れて柔かな調子が生じてゐる。中には染附と青磁と混用された優品もある。
藩窯品の模様
模様は概して植物が多く、それは牡丹、白梅、廻梅、廻竹、若松、水仙、秋草、薊等が重に畫れてあり。動物は鳥魚や蝶の外龍位である。或は寶珠や七寶崩しなどあるが、好んで描かれてあるは青海波で、次は特種の牡丹や唐草模様である。
其他歲塞三友、芦雁、灘越蝶、瓢箪畫、繼繪、橋掛山水、楼閣山水、雪中山水、鯉、金魚、鮎、花筏等があり、又裏猫の七寶綬帶や兜唐草など、全く印刷かの如く描かれてゐる。凡べて其書様が寫實に立脚して、而もを寫實を離れた特種の文飾美を、遺憾なく發揮せし優美的作品である。
藩窯の高臺皿
器物は食器類が主であるも、就中特種の形体器は高台皿にて、其彎曲せるふくらみの柔かき線が、高き高台良き調和を保つてゐる。此皿は三寸位の小さき物より、尺四寸位の大鉢まで製作されてゐる。猶此器裏の施釉には、大筆にて轆轤をせしものゆえ、高台際に釉薬溜など決してない。そして此高台皿は、各山一般に布告して、是に類似の形さへ製することを禁られてあった。
櫛の歯高臺と若松の盃
此皿の高臺に、櫛の形の繋ぎ模様を描かれてあるが、其一つ一つの間隔が、少しの狂ひもなく、殆と印刷的なる熟練の妙技を現はしてゐる。又若松繪の盃の如きは、紙の如き薄手細工にて木盃形の高き高台がつけられてある。それに書ける若松も生き生きしてゐる上に、飛んでゐる鶴とても、近來の模造品の如く重たさうに足を抱へてゐる風がない。又荊縁や雪輪縁或は牡丹割形の薄手皿に、蝶を散文せしものなども、藩窯の名品である。
藩窯品の演染品
すべて落つきたる呉洲の發色が、其着色法に於いても、薄渲染は勿論、濃渲染とても、最初より薄き溶き呉洲を浸み込ませ、其上を幾度もくも繰返へされたものである。故に顕はれ易さ渲染足が、全く見へないまでに、手際良く仕上げられてゐるのである。
藩窯の技巧品
其他の技巧品には、鳥籠の如き透彫があり、又蠟燭立や硯屏などもある。或は又捻り細工に梅の花、菊の花、栗、枇杷、柿、桃、梨等があり。其梅花の雌雄蕋や、栗の毬などに至つては、全く實物の如き繊細なる技巧が施されてゐる。
【現代語訳】[Modern Japanese translation]
原料は有田・泉山の磁石のうち「御用坑」と呼ぶ最上質に、少量の山石を調合。原料も人材も徹底して選び、採算度外視で精緻を追求した結果、色鍋島は国宝にまで至る名作を残した。御細工屋には郡目付・下目付・主役・手男の4役が常駐し、勘定・工程監督と職工統制にあたる一方、才能を最大限発揮させた。
独自の秘法と意匠は外部に漏らさず二百年磨かれ、特異な発展を遂げた。二本柳の古登り窯は三十三間連結で、藩用は中央三間のみ。温度の均一化のため構造にも特段の配慮が施された。
前後三十間は民窯に無償で使わせ、燃料も藩が給した。重要品は本窯近くの民窯の最上段に予備として積み、出来のよいものを採り上げた。冠せ匣鉢(トントウ)に二尺ほどで積み、焚手は十六名(本焚十・助六)。民窯も交代で人夫を出した。
御細工屋の職工は轆轤11、捻り4、画工9、下働7の計31名に、目付ら役人と焚手16名を合わせ、藩から扶持と奨励金が支給された。年間支給は米三百石・金千両。職工は生活を保障され技術精進に専念し、各地の天分ある者は抜擢されることが最高の名誉だった。
当時、大川内山の約170戸は宅地・耕地とも運上免除とされたが、のち財政難から改革が行われ、予備積みに関わる近接民窯のみ薪代半補助、他は自弁とする説、また水碓で影響を受ける宅地のみ免税とする説がある。
年間の規定製作品は合計5,031個。規定達成後は閑となり、臨時注文は別途手当。市川家の注文控には詳細な図案・彩色と注記が残る(例:石菖鉢寸法、嘉永六年の御前御用の筆立、久世三位への蓋付水差や火鉢等)。
燃料は郡内24か所の松林を指定保護し濫伐を禁じ、常用12か所を輪伐、非常時に備え別の12か所を御添山とした。いまも三本柳官有林120町歩は輪伐で特売が許可される。
鍋島焼は、色鍋島・染付鍋島・鍋島青磁・鍋島七官手の四種。色鍋島は下絵の上に赤絵を施したものを指し、白素地への単純な上絵付(柿右衛門・古伊万里風)は用いない。上絵は赤・青・黄が基本で、稀に黒地に淡紫(セピア)を重ねる。赤は薄塗から濃塗まで数種。淡釉を透かせて下描の脈や輪郭が柔らかく映える。染付と青磁の併用作もある。
意匠は植物が主(牡丹・白梅・廻梅・廻竹・若松・水仙・秋草・薊など)。動物は鳥魚・蝶・龍ほか。宝珠・七宝崩し、最も好まれたのは青海波、次いで特種牡丹・唐草。三友、芦雁、灘越蝶、瓢箪、継絵、橋掛・楼閣・雪中の山水、鯉・金魚・鮎・花筏等、裏文様は七宝綬帯や兜唐草が精緻に描かれる。写実に立ちつつ、写実を超えた装飾美を示す。
器は食器が中心。とりわけ高台皿が独自で、柔らかな胴線と高い高台が調和する。三寸の小品から尺四寸の大鉢まで。裏釉は大筆で挽き掛けるため釉だまりがない。各山に類似形の製作を禁じた通達があった。
高台には櫛歯状の連続文を寸分違わず描き、印刷のような熟練を示す。若松文の盃は紙のように薄く高い木盃形高台を付し、若松や飛鶴も軽妙。荊縁・雪輪縁・牡丹割形の薄皿に蝶を散らす作も名品。
呉須は落ち着いた発色で、薄・濃の渲染も最初から薄い呉須を沁み込ませ、幾度も曇りを重ねて、渲染の足跡を見せない仕上げ。透彫の鳥籠、燭台・硯屏、捻りの梅・菊・栗・枇杷・柿・桃・梨など、蕊や毬まで実物のように精緻な技巧が施された。
【英語訳】[English translation]
Raw materials were strictly curated: the finest “official pit” stone from Arita’s Izumiyama was blended with a little mountain stone. Every input and artisan was hand-picked, profit was ignored, and perfection pursued—leaving masterpieces of Iro-Nabeshima now designated National Treasures. Four resident officers (district inspector, sub-inspector, chief, and assistant) ran the O-saiku-ya, supervising accounts, work, and discipline while enabling talent.
Its guarded formulas and designs were kept in-house and refined over two centuries. At Futaboyanagi the climbing kiln had 33 chambers; only the middle three served domain ware, engineered for even heat. The remaining ~30 were lent free to民 kilns, fuel included—an exceptional privilege. Key pieces were also pre-stacked in the best “seats” of nearby民 kilns using lidded saggars (tontō), with 16 firemen per full firing (10 leads, 6 assistants) and rotating labor from民 kilns.
Staffing fixed the atelier at 31 craftsmen—11 throwers, 4 hand-builders, 9 painters, 7 helpers—plus inspectors and 16 firemen. All received stipends and bonuses from the domain: about 300 koku of rice and 1,000 ryō per year. With livelihoods secured, artisans focused solely on technique; gifted hands across the hills were scouted and elevated—an unmatched honor.
Ōkawachi households (≈170) reportedly enjoyed land-tax exemptions; later fiscal reforms narrowed subsidies to pre-stacking kilns (half fuel) and specific tax waivers (e.g., plots affected by the water stampers).
Annual output was regulated at 5,031 pieces; ad-hoc commissions earned extra, with surviving order slips showing measured shapes, painted designs, and notes (e.g., stone-iris bowl, writing brush stand, covered water jar for Lord Kuze, hibachi, triangular incense burners with white seigaiha).
Fuel came from 24 protected pine tracts; 12 were on rotating harvest, 12 reserved for emergencies (the “attached mountains”). Even today, Sanbon-yanagi’s 120-chō government forest follows rotation sales.
Nabeshima comprises four lines: Iro-Nabeshima (polychrome over underglaze drawing), Sometsuke Nabeshima, Nabeshima celadon, and Shichikan-de. Unlike Kakiemon/Ko-Imari, pure white bodies with simple overglaze were not used. Iro-Nabeshima restricts overglaze to red, blue, and yellow (rarely sepia over black). Reds range from light to deep; pale glazes let the under-drawn veins and outlines glow softly. Some pieces combine sometsuke and celadon.
Motifs are largely botanical—peony, plum (single and revolving), bamboo rounds, young pine, narcissus, autumn grasses, thistle—plus birds, fish, butterflies, and dragons; treasures, shippō breaks, seigaiha (a favorite), bold peonies and arabesques. Also Three Friends, reed-geese, butterflies over surf, gourds, montage patterns, bridges and pavilions, snowy landscapes, carp, goldfish, ayu, flower-rafts; reverses show shippō sashes or kabuto-arabesques drawn with print-like precision. Realist draftsmanship serves a distinct decorative elegance.
Signature forms are tablewares, especially the high-foot dish: supple swelling curves balanced with a tall ring foot, from 3 sun smalls to 1 shaku 4 sun bowls. Back glazes are brushed on the wheel without pooling at the foot, and look-alike shapes were banned outside the domain kiln. The comb-tooth continuous band on the foot is spaced with printlike exactness. Thin “young-pine” cups with lofty wood-cup-style feet keep cranes light in flight. Borders (brier, snow-wheel, peony-split) with scattered butterflies are classics.
Color work uses settled gosu blues; both light and dense “shading” start from thinly diluted gosu built up in veils, leaving no visible brush-backs. Technical tour-de-force pieces include openwork “birdcages,” candlesticks, ink screens, and hand-modeled blossoms and fruits whose stamens and chestnut burrs rival nature.
【中国語訳(現代語訳から簡体字)】[Chinese Simplified from Japanese]
原料以有田泉山“御用坑”的最上磁石为主,少量配山石。所有材料与工匠皆经严格甄选,不计成本只求精巧,因此色锅岛留下精华之作并被指定为国宝。御细工屋常驻郡目付、下目付、主役、手男四役,管账与工序、约束职工,同时尽力发挥其天赋。
秘法与意匠二百年不外泄而臻熟。二本柳古登窑连33间,藩用仅中三间,为均热而特别构造。其前后30间免租供民窑使用,燃料亦由藩方给与。重要品先在近处民窑最上座预积,冠匣(トントウ)装载;焚手16名(本焚10、助6),民窑轮番出夫。
御细工屋定员:轱辘11、捻作4、画工9、下役7,共31;另有目付等与焚手16。全年支给约米三百石、金千两。匠人衣食无忧,专注技进;各山英才被拔擢为御用,视为至荣。
当时大川内山约170户据传宅地耕地皆免税;后因财政困窘而改革,仅预积相关民窑补薪半,水碓受扰的宅地等特免。
年定额合计5,031件;超出为临时订单另给手当。市川家存有订单写本,载明尺寸、图案与彩绘要点。
燃料来自郡内24处松林,禁止滥伐;常用12处轮伐,另12处为“御添山”预备。三本柳官有林今仍按轮伐特卖。
锅岛分四色:色锅岛、染付锅岛、锅岛青瓷、锅岛七官手。色锅岛为下绘上加赤绘;不作白素地单纯上绘(异于柿右卫门、古伊万里)。上绘限红蓝黄,偶见黑地覆淡紫。薄釉透出下描的叶脉与花缘。亦有染付与青瓷并用之作。
纹样以植物为主:牡丹、白梅、回梅、回竹、若松、水仙、秋草、蓟等;动物多鸟鱼蝶与龙,另宝珠、七宝崩、最爱青海波,次为特种牡丹与唐草。三友、芦雁、灘越蝶、瓢、继绘、桥挂/楼阁/雪中山水、鲤金鱼鲇、花筏等,底纹七宝绶带、兜唐草极精。写实立基而成独特装饰美。
器以食器为主,代表为高台皿:柔和鼓腹与高台协调,三寸至一尺四寸。背釉大笔挽挂无积釉,且禁民窑仿制。高台“梳齿”连纹毫厘不差;若松盃薄如纸,高台修长,飞鹤轻灵。荆缘、雪轮缘、牡丹割形薄皿散蝶亦名品。
呉须色沉稳,薄/浓渲皆以淡呉须渗透、反复罩染,痕迹尽隐。另有透雕鸟笼、烛台、砚屏与各类捻塑花果,蕊与栗毬纤巧如真。
【中国語訳(現代語訳から繁體字)】[Chinese Traditionalfrom Japanese]
原料以有田泉山「御用坑」上等磁石為主,少量配山石。材料與工匠皆嚴選,不計成本專求精巧,遂使色鍋島留有國寶名品。御細工屋常駐郡目付、下目付、主役、手男四職,統理帳務、工序與紀律,並盡發匠才。
祕法與意匠二百年不外洩而精煉。二本柳古登窯連三十三間,藩用僅中三間,為均熱特構。其前後三十間免租供民窯,燃料亦由藩給。要品先於近旁民窯上座預積,以冠匣裝載;焚手十六(本焚十、助六),民窯輪番出夫。
御細工屋定員三十一(轆轤十一、捻作四、畫工九、下役七),另有目付等與焚手十六;年給約米三百石、金千兩。匠人衣食無虞,專志技進;各山英才拔擢為御用,視為至榮。
彼時大川內山約一百七十戶傳為地稅全免;後因財政困窘而改革,僅預積相關民窯補薪半,水碓受影響之宅地等特免。
年定額合計五千三十一件;臨時訂製另給手當。市川家留有詳備圖樣彩繪之訂單。
燃料取自郡內二十四松林,禁濫伐;常用十二處輪伐,餘十二為「御添山」備用。三本柳官有林今仍輪伐特售。
鍋島四系:色鍋島、染付鍋島、鍋島青瓷、鍋島七官手。色鍋島為下繪上加赤繪;不作白胎單純上繪(異於柿右衛門、古伊萬里)。上繪以紅藍黃為主,偶見黑地覆淡紫。淡釉映出下描之脈線與輪廓,亦有染付與青瓷並用之佳作。
紋樣以植物居多(牡丹、白梅、回梅、回竹、若松、水仙、秋草、薊等),動物以鳥魚蝶與龍;另寶珠、七寶崩,尤嗜青海波,其次特種牡丹與唐草。三友、蘆雁、灘越蝶、瓢、繼繪、橋掛/樓閣/雪中山水、鯉金魚鮎、花筏等,底紋七寶綬帶、兜唐草精緻如印。寫實為基而展獨特裝飾美。
器以食器為主,標誌為高台皿:柔和鼓腹與高台相諧,自三寸至一尺四寸。背釉輪挽無積釉,且禁諸山仿製。高台梳齒連紋毫釐不差;若松盃薄若紙,高台修長,飛鶴輕逸。荊緣、雪輪緣、牡丹割形薄皿散蝶亦名品。
呉須發色沉著,薄/濃渲皆以淡呉須浸潤、反覆罩染以絕筆痕。另有透雕鳥籠、燭台、硯屏與各式捻塑花果,蕊與栗毬纖細入微。
【中国語訳(英語から簡体字)】[Chinese Simplified from English]
原料严格甄选:以有田泉山“御用坑”上品石为主,少量配山石;工料尽选、成本不计,造就被列为国宝的色锅岛。O-saiku-ya配四名常驻官,统管账务、流程与纪律并激发人才。
秘方与图样两百年内炼。二本柳登窑33室,中3室供藩用,前后约30室免租给民窑并供燃料;重要品先在近邻民窑上座预堆,冠匣装载;一窑16火工并由民窑轮值。
定编:轧轮11、手作4、画工9、助手7,共31;另有目付与火工16。年支约米300石、金1000两,匠人专注技艺。税制初期广免,后因财政收紧改为部分补薪与定向免税。
年定额5,031件,临单另给手当;存有详图彩样的订单。燃料自24处松林,12处轮伐、12处备荒。
锅岛四系:色锅岛、染付、青瓷、七官手。色锅岛在下绘上施三色(红蓝黄,偶见黑地覆淡紫),以淡釉衬托下描线;亦有染付与青瓷并用。图样多植物与青海波等,写实为基而成独特装饰美。代表器为高台皿;背釉无积,仿制被禁;高台梳齿连纹精密。若松盃极薄而轻,诸边款薄皿散蝶亦名品。渲染以薄呉须层层罩染,无“回笔”。透雕鸟笼、烛台、砚屏与捏塑花果细若真。
【中国語訳(英語から繁體字)】[Chinese Traditional from English]
原料嚴選:以有田泉山「御用坑」上品石為主,少量佐山石;工料兼擇,不計成本,成就列為國寶之色鍋島。O-saiku-ya設四官常駐,總理帳務、工序與紀律並激勵人才。
祕方與圖樣兩百年內煉。二本柳登窯三十三室,中三室供藩用,前後約三十室免租給民窯且給薪柴;要品先於近鄰民窯上座預堆,以冠匣裝載;每窯十六火工並由民窯輪值。
定編三十一匠(轆轤十一、手作四、畫工九、助手七),另有目付與火工十六。年給約米三百石、金一千兩,使匠人專注技藝。稅制初廣免,後因財政收緊改為部分補薪與定向免稅。
年定額五千三十一件,臨單另給;留有具體尺寸與彩樣之訂單。薪柴源自二十四松林,十二輪伐、十二備用。
鍋島四系:色鍋島、染付、青瓷、七官手。色鍋島為下繪上施三色(紅藍黃,偶黑地覆淡紫),以淡釉映襯下描;亦見染付與青瓷並用。圖樣多植物與青海波等,寫實為基而呈獨特裝飾美。標誌器為高台皿;背釉無積,禁外窯仿製;高台梳齒連紋極精。若松盃至薄至輕,諸邊款薄皿散蝶亦名品。渲染以薄呉須層疊罩染,無回筆痕。並有透雕鳥籠、燭台、硯屏與捏塑花果,纖致如真。

