古九谷解説(3)
加賀藩(かがはん)による初期の柿右衛門(かきえもん)焼など伊万里(いまり)色絵の買付が、のちに古九谷(こくたに)と見なされていく過程を前回推測しました。大聖寺(だいしょうじ)藩が九谷磁石(くたにじせき)〔注:九谷周辺で産する磁器原料の石〕を活用し藩窯(はんよう)〔注:藩直営の窯〕を創設した構想も、長崎での伊万里買付を前提に、有田(ありた)の技術導入を図った結果で、創業は明暦元年(1655)前後と考えられます。発掘成果は白磁素地(はくじそじ)・各種染付(そめつけ)・上絵付(うわえつけ)の実施を示しますが、伝世(でんせい)古九谷の多くは九谷素地ではなく、九谷素地に九谷で彩色したと判断できる大形平鉢(ひらばち)は、総体の一割にも満たない印象です。すなわち、藩内の色絵生産は「一定の成功」には達したものの、規模としては大きくなかったと見て差し支えないでしょう。
九谷第一号古窯の稼働は、明暦から寛文・延宝(1661–1680)頃と推定されますが、その約30年の期間に対し、出土破片からうかがえる作域は狭く、盛大な窯業とは言いがたい。磁質も有田に及ばず、とりわけ染付では、明末の古染付(こそめつけ)や祥瑞(しょんずい)、呉須手(ごすで)〔注:呉須=コバルト顔料による下絵の一群〕、さらに寛文期の芙蓉手(ふようで)写しまで多様化・成熟していた有田に比べ、九谷は品種の広がりも完成度も劣ります。小碗に描かれた竹・紅葉・葡萄・野菊・桔梗・梅・蔓草・水草などの文様も、筆運びが弱く、のびやかさで当時の有田染付に及ばない。これを「古典的京風で絵画的」とする見解もありますが、筆者には、むしろ慶長以後に一般化した工芸意匠的な図様で、絵画性はむしろ有田が勝るように思われます。
注目すべきは、古窯跡の染付台鉢(だいばち)に描かれた鳳凰文(ほうおうもん)と、伝世の「色絵菊孔雀文平鉢」における孔雀表現の雰囲気が近く、孔雀脇の菊花と出土小碗の野菊文にも通い合う点です。高台(こうだい)内に目跡(めあと)〔注:支釘の痕〕がない白磁素地の作行や上絵の調子から推して、この「色絵菊孔雀文平鉢」は九谷で素地・絵付ともに成った可能性が高い。ゆえに、伝世群の中には九谷一貫製作が確実視できる作が含まれ、九谷・有田双方の素地と上絵の判別は、きわめて重要ながら難度の高い課題だといえます。
かつて筆者は、発掘調査団長・楢崎彰一(ならさき しょういち)氏の教示をもとに、伝世平鉢から九谷素地と見なし得る作を選別し、その中に青手古九谷(あおでこくたに)が複数確認できました。ただし、それら九谷製と推される青手群が九谷だけの特産とは限らず、同様の器形・作行(高台内に目跡がない平鉢素地)が有田でも焼かれていたことが、有田古窯の発掘で判明しています。さらに高台内の角福銘(かくふくめい)〔注:「□に福」の商標的銘〕も共通例が多く、創窯当初から九谷では有田とほぼ同型同趣の作品を焼成していたと考えざるを得ません。
この同質性は、有田の強い影響下で九谷が創窯された事情を思えば当然の帰結です。他方で、やがて「加賀百万石(かがひゃくまんごく)」の文化的威光を背景に、古九谷の独自性が強調され、一般にもそのイメージが広く定着していったのでしょう。
要約(300〜500字)
九谷の藩窯は、長崎での伊万里買付と有田技術の導入を背景に明暦前後に創業し、白磁素地・染付・上絵付を行ったことが発掘で裏づけられる。しかし伝世古九谷の多くは九谷素地ではなく、九谷一貫製作とみなせる大形平鉢は全体の一割に満たない印象で、生産規模は限定的であった。作域・磁質・意匠の多様性でも有田に及ばず、筆致も総じて弱い。一方、鳳凰文台鉢と「色絵菊孔雀文平鉢」の対応など、九谷製作を示す手がかりも存在し、九谷/有田の素地・上絵判別が核心課題となる。有田古窯の成果からは、九谷と有田で共通する器形・作行や角福銘が確認され、創業初期から両地に同型作品が並行したことが示唆される。のちに加賀の文化的威信のもと、古九谷の独自像が広く定着していった。
【関連用語】
- 九谷磁石:九谷周辺で産する磁器原料の石。白磁素地の基礎となる。
- 藩窯:大名領が管理する窯業施設。需要の公的調達に応じる。
- 明暦・寛文・延宝:17世紀中葉の年号。九谷創業と稼働期の目安。
- 白磁素地:上絵付を施す前提で焼成された白い磁器胎。
- 染付:呉須(コバルト)による下絵付。透明釉下で焼成。
- 上絵付:釉上に彩をのせ低火度で焼き付ける加飾技法。
- 古染付・祥瑞・呉須手:明末~江戸初に流行した染付の類型。意匠・筆致の範を示す。
- 芙蓉手:輪郭線と区画で文様を配する有田の代表意匠。
- 目跡:支釘が当たった痕跡。焼成・重ね焼きの手掛かり。
- 高台:器底の環状の足。作行や銘の判断材料となる。
- 台鉢・平鉢:高台を備える大形鉢/浅く広い鉢の器形。
- 青手古九谷:緑・青系釉彩を基調とする古九谷の一様式。
- 角福銘:「□に福」の銘記。17世紀の伊万里に多いが九谷作にも見られる。
- 楢崎彰一:九谷古窯発掘の中心人物。素地判別に関する知見で知られる。
- 加賀百万石文化:加賀藩の経済・文化基盤。古九谷評価の背景となる。
(人名・地名・専門用語の〔注〕は初出に付しました)

