柿右衛門解説(2)
承応(じょうおう)頃、すなわち元和・寛永(1615〜1644)の創成期を抜けた段階で、有田の磁業はオランダ商館〔注:平戸・長崎に置かれたオランダ東印度会社(VOC)の拠点〕の目にとまり、大量買付によって一気に加速しました。この量産体制のなかでは、注文主の嗜好に合わせて各窯屋・赤絵屋〔注:本焼を担う窯元と上絵付専門工房〕へ同様の図様や技法が配分され、いわゆる柿右衛門様式だけが赤絵〔注:釉上彩色による色絵の一種〕を独占し独自性を守ることは、構造的に不可能でした。
当時の実情をうかがわせる家伝文書として、寛文(かんぶん)年間に三代酒井田柿右衛門が記したと推定される『申上口上(もうしあげこうじょう)』が伝わります(同文書にその旨が記録されている)。そこでは「大名方の誂え物」を広く調進した事実とともに、「世上くわつと仕候」つまり赤絵仕事が諸方で盛んに行われたが、それらは自家制作ではなく、なかでも「志ゝ物」は自家作品を手本に焼いた旨が述べられます。ここで言う「志ゝ物」は、神社奉納の獅子(しし)・狛犬(こまいぬ)類を指す可能性が高いと解されます。
以上から、初代の創始した赤絵が他の有田の窯屋・赤絵屋にも早期に波及し、量産化されていたことが推測できます。近年の古窯跡発掘調査でも、この広域的な生産分担が裏づけられています。かつてヨーロッパの研究者は、純然たる乳白手(にゅうはくで)〔注:濁手(にごしで)。乳白色で柔らかな素地質を指す用語〕の作品を柿右衛門焼とし、それ以外の素地や染錦手(そめにしきで)〔注:染付下絵と上絵の錦(多色)彩を併用した様式〕による同様式作は「伊万里の柿右衛門様式」と区別しました。これは、わが国で長く行われた「様式が似ていればすべて柿右衛門窯製」という一括的理解より一歩進んだ見解でした。
ヨーロッパ側の作風分類が進んだ背景には、資料の蓄積差があります。現存する十七世紀後半の有田磁器は、欧州伝来品の質・量が圧倒的に豊かで、1960年代以降、それらが相当数わが国へ逆輸入〔注:一度海外に流出した作品が国内市場へ戻る動き〕されました。結果として、従来日本ではほとんど目にできなかったタイプが研究視野に入り、様式の全体像がようやく概観できる段階に至りました。
なお現在も、イギリス・オランダ・ドイツ(旧東独)の主要コレクション〔注:体系的収蔵品群〕に優品が多く、なかでもドレスデンにまとまる輸出磁器群は、資料価値がきわめて高い位置を占めます。ここに紹介する柿右衛門様式作のうち、少なくとも三割は欧州からの逆輸入品であり、優作が多い事実自体が、十七世紀のオランダ商館交易が有田磁業へ及ぼした影響の大きさを物語ります。
他方、1950年代までの日本側研究は、欧州輸出作を十分に対象化せず議論される傾向がありました。ところが1960年代に入ると欧州所蔵品の請来(しょうらい)が進み、ソーム・ジェニンズ(Soame Jenyns)〔注:英国の日本陶磁研究者〕の著作『日本の陶磁』が上梓され、さらにフォルカー(T. Volker)教授がオランダ商館員の記録から陶磁関連記事を年代別に整理して、『磁器と東印度会社1602年から1682年』(1954)および『オランダ東印度会社の日本磁器取引1683年以後』(1959)を刊行しました(各書に当時の取引記録が整理・収載されている)。
これらの動きにより、欧州側作品と史料を踏まえずして柿右衛門・伊万里研究は成立し得ないことが明瞭になりました。続いて有田の古窯跡発掘が大規模に継続され、出土資料と伝世品(でんせいひん)〔注:時代を経て伝わった作品〕の照合が進むことで、有田磁業の実像は輪郭を得つつあります。今後の研究は、古伊万里・柿右衛門・古九谷といった観念的区分から離れ、有田の窯業とその影響圏(加賀の古九谷など)を総合的にとらえ、編年的(へんねんてき)〔注:年代順に整理する方法〕に分類して実体を明確化することが望まれます。
以上を踏まえ、本稿に収録した作品群は便宜上、従来の慣習に従って「柿右衛門」と表示しますが、それは様式的な呼称である点をご理解ください。すなわち、制作地・窯の一点特定を直ちに意味しないことを、研究上の前提として明記しておきます。
要約(300〜500字)
承応期以降、有田磁業はVOCの大量発注で量産化し、赤絵は特定窯の独占ではなく各窯屋・赤絵屋に拡散した。三代による『申上口上』には、諸方で赤絵仕事が盛んになり、自家作を手本にした「志々物」制作があった旨が記され、影響波及の早さを示す。欧州では乳白手(濁手)を柿右衛門焼、その他の素地や染錦手による同様式を「伊万里の柿右衛門様式」と区別し、質量に勝る欧州伝来品の検討を通じて作風分類が進展した。1960年代には逆輸入とジェニンズ、フォルカーらの研究、さらに有田古窯跡の発掘と伝世品照合が進み、地域横断・編年的視点での総合整理の必要が明確化した。本稿の「柿右衛門」表示は便宜的な様式名である。
【関連用語】
- オランダ商館(VOC):平戸・長崎に置かれた貿易拠点。日本の磁器を大量購入した。
- 窯屋・赤絵屋:素地成形・本焼を担う窯元と、釉上彩色を専門とする工房の分業。
- 赤絵:上絵具を低温で焼き付ける色絵技法。金彩や多色彩を用いる。
- 乳白手(濁手):乳白色でやや柔らかな見え味の素地。柿右衛門様式の基調として重視。
- 染錦手:染付下絵に錦(多色)上絵を重ねる様式。豪華な意匠表現を可能にする。
- 申上口上:三代柿右衛門の家伝文書。当時の受注・制作状況を伝える史料。
- 逆輸入:海外に渡った作品が後世に国内へ戻る流通現象。
- 伝世品:時代を経て所蔵者から所蔵者へ伝わった作品の総称。
- ドレスデン・コレクション:旧東独地域にまとまる欧州輸出磁器の重要収蔵群。
- 編年的分類:作品を年代順に配列し、作風変遷や技術史を復元する方法。
- 古伊万里:有田を中心に伊万里港から出荷された磁器の総称。
- 古九谷:加賀で展開した初期色絵磁器群。有田の影響関係が重視される。

