柿右衛門解説(1)

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柿右衛門解説

江戸時代初期から現代まで、佐賀県有田町(ありたちょう)を中心に展開した磁器生産は、日本陶芸史で際立つ位置を占めます。とりわけ染付〔注:コバルト顔料で下絵を描き透明釉の下で焼く技法〕・青磁〔注:鉄分を含む釉による青緑色の磁器〕・赤絵〔注:上絵の具を焼き付ける色絵の一種〕の展開は顕著で、有田は江戸全期を通じて第一の製陶地として機能しました。窯屋と赤絵屋〔注:素地に上絵付けを専門に行う工房〕の分業体制などから推測して、中国の景徳鎮(けいとくちん)〔注:中国・江西省の巨大な磁器生産地〕ほどではないにせよ、世界有数の規模を備えた産地であったことは確かです。

日常食器の大量需要に応えて庶民層まで幅広く供給し、生産量が飛躍的に増大したのは、おおむね幕末の文化・文政期以降でした。ただしそれ以前から、他産地を凌駕する数量を産出していた事実は、古窯跡の規模や現存作例の量から容易に推し量れます。すなわち、有田は早くから大量生産に耐える窯業インフラと人材を蓄えていたのです。

とりわけ江戸前期(17世紀)には、有田の磁業が躍進し、オランダ東印度会社〔注:17世紀にアジア交易を独占的に担った株式会社組織。通称VOC〕は平戸(ひらど)・長崎(ながさき)の商館を拠点に、染付や色絵〔注:上絵付け全般の総称〕の有田磁器を数十年にわたり大量に買い付けました。これは当時のオランダ側史料に明確に記録され、結果として有田窯業は「輸出産業」として国際市場で大きく展開し得たと評価できます。

江戸時代を通じ、有田製磁の総称は一般に伊万里焼〔注:肥前有田で焼かれ伊万里港から出荷された磁器の総称〕と呼ばれました。近代になると、酒井田柿右衛門(さかいだ かきえもん)が赤絵を創始した事実が学術的に注目され、初代を顕彰する意図から、作風の一群を「柿右衛門」とし、それ以外を「伊万里焼」とする見立てが行われます。こうした区分は大正五年(1916)に大河内正敏(おおこうち まさとし)『柿右衛門と色鍋島』に始まりましたが、江戸当時の記録ではこのような区別は見られません。

たとえば江戸前期の文化史料『隔蓂記』には、「今利」「今里」といった表示で有田磁器が一括して記録されています(同書にその旨が記録されている)。これは有田・皿山(さらやま)で焼かれた品々が、伊万里津(いまりつ)〔注:伊万里港の古称〕から船積みされたため、流通上「伊万里」と総称された事情を反映します。今日に伝わる江戸中期以前の箱書でも「柿右衛門」の明記は稀で、多くは「今利」「今里」「伊万利」とされ、しばしば「南京」「南京手」〔注:当時、中国趣味の意匠・技法を指す一般呼称〕と記されます。

柿右衛門家自身の注文帳にも「南京手」との語が用いられており(同家文書にその旨が記録されている)、これは中国風磁器への一般的呼称だったことを示します。また文化四年(1807)刊の西村正邦『睡余小録』には、遊女人形の図とともに「伊満利柿右衛門の造る処」との説明が見え、柿右衛門作の人形が寛文〜元禄頃の作に遡るとしても、少なくとも文化期には巷間に広く知られていたことがわかります。ただし記載は「あくまで伊万里の柿右衛門」であり、当時の実情に即した理解でした。

大正期以降、大河内の提起が影響力を持つにつれ、「柿右衛門焼」は古伊万里から切り離された独立区分として扱われる傾向が強まりました。初代顕彰という意義はあったにせよ、結果として江戸当時の呼称・流通実態から離れた理解が広まった面は否めません。学術的整理の過程で生じたこの齟齬は、作品群の実体把握を難しくする一因ともなりました。

酒井田柿右衛門家とその窯は有田皿山の名門で、同家伝来文書により正保年間に初代が赤絵を創始したことは確からしいと考えられます(当該文書にその旨が記録されている)。しかし、今日「柿右衛門」と総称される作品のすべてが、有田南川原の同系窯のみで作られたとは断じがたく、とくに赤絵の初期から完成期、すなわち正保から元禄にかけての生産体制は、古窯跡の発掘が進んだ現在でもなお全貌が判然としていません。

要約(300〜500字)
有田は江戸初期から現代まで日本最大級の磁器産地として、染付・青磁・赤絵を柱に国内外へ大量供給した。17世紀にはオランダ東印度会社が大量輸入し、輸出産業として発展した。江戸当時は流通実態に即して有田製磁が一括して「伊万里」と呼ばれ、『隔蓂記』や箱書にもその痕跡が残る。「南京手」は中国趣味を示す一般語で、柿右衛門家の文書にも見える。近代以降は初代顕彰の文脈で「柿右衛門焼」を古伊万里から独立区分する学説が広まり、理解の便を与える一方、当時の呼称・生産実態との齟齬も生んだ。初代の赤絵創始は正保期とみられるが、赤絵初期〜元禄の生産体制は発掘研究を経てもなお未解明の部分が多い。

【関連用語】
- 古伊万里:肥前有田を中心とした磁器様式。
- 柿右衛門:肥前有田を中心とした磁器様式。
- 鍋島:肥前有田を中心とした磁器様式。
- 青磁:越州・龍泉系に由来する青みを帯びた透明釉。
- 白磁:景徳鎮を中心に発展し、明代には世界的に流通した磁器。