三彩・緑釉・灰釉 解説(三彩壺)

この記事は約5分で読めます。

三彩・緑釉・灰釉の成立と展開(三彩壺)

古代後期すなわち奈良・平安時代のやきものの中で、最も特徴的なのは三彩(さんさい)・緑釉(りょくゆう)など鉛釉(えんゆう)〔注:鉛成分を含む低火度釉〕を施した彩釉陶器(さいゆうとうき)と、高火度焼成の灰釉陶器(かいゆうとうき)〔注:植物灰を釉薬とする〕である。いずれも日本最初の施釉陶器(せゆうとうき)だが、自生的に生まれたのではなく、中国・朝鮮の先進技術の導入で成立した点が重要である。

中国では、彩陶から黒陶・灰陶へと推移し、殷代にはすでに植物灰を用いる灰釉陶器が焼かれ、後漢末~三国期には浙江省で古越磁(こえつじ)〔注:越州窯系青磁〕へ発展し、隋唐代には見事な青磁(せいじ)・白磁(はくじ)に到達する。これと並行して戦国末に始まった彩釉は、漢代に緑釉陶器として発達し、唐代には多彩な唐三彩(とうさんさい)を生み、装飾性と技術の双方で飛躍を遂げた。

朝鮮も中国陶磁の影響を先行して受容し、日唐間の直接交流が始まる以前には、各種の陶磁技術を日本へ伝える媒介の役割を担った。したがって日本の彩釉・灰釉の受容と展開は、東アジア広域の技術移動の文脈に置いて捉える必要がある。

彩釉陶器の代表は、世界最古の伝世品とされる正倉院(しょうそういん)所蔵の三彩・緑釉陶五十七点であり、近年は出土例が各地で相次ぎ、秋田から鹿児島に至るまで三百箇所以上の遺跡で確認される。色相は緑・黄・白の三彩、緑・白や緑・黄の二彩、さらには各単彩まで多様で、当時の美意識と祭祀需要を反映した豊かな色彩体系を示す。

奈良・平安の文献では、これらを「瓷(し)」「瓷器(しき)」と総称し、『倭名類聚抄』には「止乃宇豆波毛乃(シノウツワモノ)」と訓じて記録される。平安期には語の用法が分化し、「青瓷(あおし)」と「白瓷(はくし)」の区別が見られ、『西宮記』や『江家次第(ごうけしだい)』、『綱封蔵見在納物勘検注文』(正倉院・永久五年〔1117〕)に記録されていることからも、彩釉陶器を「青瓷(アオシ/青子)」と呼び、灰釉の白瓷と識別していた事情がうかがえる。

また、伝世を除く出土の分布を見ると、宮殿・官衙・寺院・神社・祭祀遺跡・墳墓・集落・城柵・古窯跡など広範だが、中心は祭祀関連であり、日常容器としての使用痕跡は認めがたい。すなわち三彩壺のような器形も、主として儀礼や供献に結びつく目的で製作・使用されたと考えられる。

制作の開始時期は、通説では奈良時代に唐三彩の影響下で三彩・二彩が先行し、黄釉・白釉・緑釉の単彩が併行するとされてきた。しかし昭和三十三年の川原寺(かわらでら)調査で東回廊南端付近から半肉彫の緑釉波文塼(はもんせん)〔注:波文のある釉掛け煉瓦〕が出土し、創建期にさかのぼる可能性が指摘されたうえ、昭和四十九年には板蓋神社(いたぶたじんじゃ)西側斜面から緑釉水波文塼が八十個体分まとまって発見され、年代表の再検討が促された。

これらの塼は多数を組み合わせて蓮池を構成し、法隆寺の橘夫人念持仏(たちばなぶにん ねんじぶつ)に見られるように、仏像の台座にも用いられたと推定される。川原寺は天武天皇(てんむてんのう)期に有力官寺として尊崇を集め、平城遷都後は主要官寺から外れることを踏まえると、この豪華な施設は創建時あるいは天武晩年の祈願頻発期に営まれた可能性が高く、三彩に先行して七世紀後半に緑釉器物が製作された蓋然性が強い。

三彩の最古級の編年資料としては、神亀六年(729)の小治田安万侶墓出土の三彩小壺があり、さらに昭和四十一年の大安寺(だいあんじ)跡では三彩・緑釉の瓦・塼類が検出されている。大安寺は養老元年(717)に唐から帰朝した僧・道慈(どうじ)が造営を指揮し、同年の発見では多数の唐三彩陶枕が伝来品として確認されるため、この時期に国内で三彩製作が始動したとの仮説が藤岡了一によって示されている。

以上を総合すると、日本の彩釉陶器は七世紀後半の緑釉瓦の焼成に端を発し、奈良時代に三彩など多彩釉が展開、しかし平安初期を過ぎると多彩は途絶し、緑釉単彩が主流化する。生産の終末は、古窯跡や出土の状況からおおむね十一世紀中頃とみられ、儀礼需要の変化と技術的選択の収束が並行した結果と考えられる。

要約(300〜500字)
奈良・平安期の施釉陶は、鉛釉の三彩・緑釉系彩釉陶器と高火度の灰釉陶器に大別され、いずれも中国・朝鮮の技術移入により成立した。正倉院の三彩・緑釉陶五十七点を頂点に、出土は全国三百箇所超で、主に祭祀関連遺跡に集中する。文献上は「瓷器」が「青瓷(アオシ)」と「白瓷」に分化し、彩釉を青瓷と呼ぶ例が『西宮記』『江家次第』『綱封蔵見在納物勘検注文』に記録されている。年代表では、川原寺や板蓋神社の緑釉波文塼の発見により、七世紀後半に緑釉が先行し、奈良期に三彩が本格化した可能性が高い。大安寺の出土と道慈の請来品から、717年前後の製作開始説(藤岡了一)も有力で、平安初期以降は緑釉単彩に収斂し、十一世紀中頃に生産の終末を迎えたと整理できる。

【関連用語】

  • 三彩:緑・黄・白など多彩釉の陶器。唐代に成熟。
  • 緑釉:銅呈色の鉛釉による緑色釉。日本では七世紀後半に先行。
  • 鉛釉:酸化鉛を含む低火度釉。鮮やかな発色が得られる。
  • 灰釉:植物灰由来の長石質釉。高火度で焼成。
  • 施釉陶器:素地に釉薬を施して焼成したやきもの。
  • 古越磁:越州窯系の早期青磁。浙江省で展開。
  • 唐三彩:唐代の多彩釉陶。副葬・供献用が中心。
  • 波文塼:波文を施した釉掛け煉瓦。蓮池・台座構成材。
  • 川原寺:飛鳥の官寺。緑釉塼の出土で注目。
  • 大安寺:奈良の大寺。道慈が造営を主導。
  • 道慈:717年に帰朝した僧。唐物請来と三彩開始説に関与。
  • 青瓷/白瓷:平安期文献上の分類。彩釉=青瓷、灰釉=白瓷に対応。
  • 正倉院:奈良時代の文物宝庫。三彩・緑釉陶の伝世品を所蔵。
  • 『西宮記』『江家次第』:平安儀礼書。用語・運用を記録している。