織部焼〔注：美濃（みの）を中心に桃山末〜江戸初に成立した茶陶様式で、緑釉と大胆な造形・意匠を特色とする〕という呼称は、千利休（せんの りきゅう）の没後に天下第一の茶人として活動した古田織部（ふるた おりべ／重然）に由来すると古来伝えられ、すなわち「織部好み」に因む名であるが、実際に古田織部が作風をどのように指導し、どの工程に関与したのかを示す同時代の確証は、いまのところ見出されていない。
古田織部が茶の世界で力を振るったのは天正後期から元和元年（一六一五）に没するまでの約三〇年であるが、当時の主要な茶会記〔注：茶会の道具立て・趣向・出席者などを記す記録史料〕には「織部焼」の語が見えず、呼称は江戸時代に入ってから「織部殿御好（おこのみ）」という口伝を背景に、数寄者の間で徐々に一般化していったと考えるのが妥当である。
呼称がいつ頃に定着したかは断定できないものの、延宝元年（一六七三）に没した片桐石州（かたぎり せきしゅう）が「おりべ」と箱書した香合の伝来や、貞享五年（一六八八）九月と外箱に記された「織部焼 手鉢」の遺例などから、十七世紀後半にはすでに織部焼という名が広く通用していた事情が推測できる。
要約（其の壱）
織部焼の名は古田織部の好みに由来すると伝えられるが、彼が制作現場を直接指導した確証は乏しい。天正〜元和期の同時代茶会記に語は見えず、江戸初に「織部殿御好」の伝承を媒介として名称が普及したとみられる。片桐石州の箱書や一六八八年銘の外箱など、十七世紀後半の伝世資料が呼称の定着を物語る。
【関連用語】
- 織部：古田織部に由来する美濃焼の様式。緑釉と大胆な形が特徴。
- 美濃：岐阜県東濃の産地。志野・織部・黄瀬戸を生んだ。
- 瀬戸：中世以来の産地で「せともの」の語源。
