志野焼とは（其の壱　生い立ち）

「百草土（もぐさつち）」〔注：美濃（みの）周辺で産する粒子が粗く耐火性のある胎土〕でざっくり成形し、その上に柔らかな膚合いの白い長石釉（ちょうせきゆう）〔注：長石を主成分とする白色系の釉薬〕をたっぷり掛け、釉下に鉄絵具（てつえのぐ）〔注：酸化鉄を用いた顔料。線文・絵付に用いる〕で閑雅な文様を、奔放な筆致で描くのが志野（しの）の基本である。釉が薄い縁や切れの部分には、ほのかに赤く発色する「火色（ひいろ）」〔注：還元炎中で素地が赤みを帯びる焼け〕が生まれ、白と赤の景色が茶趣を深める。

世界の陶磁史を見渡しても同類が少なく、桃山時代に美濃の山間窯でのみ成立した独自様式が志野である。十六世紀末までの日本陶で、白い釉薬を本格的に用いたのは志野がほぼ唯一で、唐津にも長石釉は見られるが、胎土と長石の質が異なるため、志野ほど白くは焼き上がらない。

白い釉の志野がいつ美濃で始まったか、また尾張（おわり）の瀬戸（せと）で焼かれなかったのかは断定し難い。しかし志野が室町末から江戸初にかけての美濃を代表したことは確かである。決定的だったのは昭和五年（1930）、荒川豊蔵（あらかわとよぞう）が桃山の志野が美濃産であることを実証したことで、『志野焼由来書』（天明五年・1785）に記録されている従来説――瀬戸産とする見解――を覆した。可児（かに）・土岐（とき）の山中の古窯は長く埋もれ、作品は多く伝来しながらも、産地史は二百年余り忘却されていたのである。

現存の多くは天正から文禄・慶長・元和にかけての作で、とりわけ優品は天正から慶長前半（1573–1600年頃）に集中する。長石釉の嚆矢が瀬戸か美濃かは未決ながら、名古屋大学の楢崎彰一（ならざきしょういち）による四耳壺の資料は画期的で、室町中期・十五世紀末以前の様式を示し、土は美濃系とみられる。生地表面には長石釉が掛かり、その下に「鬼板（おにいた）」〔注：鉄分の多い赤土による化粧土〕を施す――すなわち鼠志野（ねずみしの）と同じ釉法である。作為は少なく釉も薄いが、十五世紀に志野技法の先駆が美濃で試みられた可能性を強く示す新出資料といえる。

この壺が十五世紀末以前に遡るなら、鬼板化粧のない白釉天目（てんもく）〔注：黒釉天目の系譜に対し、白長石釉で焼成した天目茶碗〕も同時期に焼かれていたと想定できる。事実、室町後期（十六世紀）の白長石釉天目はいくつか伝わり、堺（さかい）の大茶人・武野紹鴎（たけのじょうおう）所持と伝える二碗は、のちに一つが尾州徳川家、一つが加賀前田家に伝来し、加賀伝来品の内箱蓋表には千利休（せんのりきゅう）が「紹鴎せと白天目」と墨書する（天正十五年〔1587〕北野大茶湯に豊臣秀吉〔とよとみひでよし〕所持として出陳）。釉中に灰が混じる気味はあるが、志野の長石釉に直結する先駆で、胎土も美濃系とみられる。

天文期、斎藤氏の治する美濃と堺町衆の往来は、『天王寺屋津田宗達（津田宗違）茶会記』弘治三年（1557）九月十八日条に記録され、白天目が茶の名手・紹鴎に贈られた可能性もうかがえる。いずれにせよ、十六世紀中期以前に志野の源流となる白釉天目が焼かれ、天正頃には白釉が長石単味へと純化し、器形も天目一辺倒から半筒・筒形に広がって主流化した。釉下鉄絵による絵付が進み、桃山の志野が完成する。茶湯（ちゃとう）の隆盛に伴う需要増を背景に、茶碗のみならず茶具・食器へ展開し、文様も多様化して装飾性が一段と高まった。

要約（300〜500字）
志野は、百草土を胎土に長石釉を厚掛けし、釉下鉄絵と火色の景色を要とする桃山の美濃独自の白釉陶である。白長石釉は当時ほぼ唯一の白釉で、唐津の例より白さが際立つ。産地比定は昭和五年に荒川豊蔵が美濃焼成を実証、『志野焼由来書』（1785）の瀬戸産説を改めた。現存優品は天正～慶長前半に集中し、先行事例として十五世紀末以前の四耳壺（長石釉＋鬼板化粧）が指摘され、鼠志野技法への連続が示唆される。白長石釉天目は武野紹鴎旧蔵の二碗を含め十六世紀前半から見え、天正期に白釉は長石単味へと純化、器形も半筒・筒形へ拡張し、釉下鉄絵が定着して桃山志野が完成した。茶湯の隆盛が需要を押し上げ、器種と文様は一挙に多様化した。

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