瀬戸黒

瀬戸黒〔注：美濃（みの）で発達し、黒釉の漆黒を生かした茶碗様式。窯中から引き出して急冷する技法が核心〕は、黄瀬戸〔注：美濃焼の一種。黄褐色の釉を呈する〕と同様に、桃山期に突然生まれたのではなく、室町期に培われた施釉と焼成の伝統の上に成立したと理解すべきである。とりわけ美濃では瀬戸と同じく天目茶碗（てんもくちゃわん）〔注：宋代建窯系の黒釉碗を祖とする様式〕が多数焼かれていた。

当時、天目茶碗の焼成では、釉（うわぐすり）の融け具合を確かめるために色見（いろみ）〔注：窯中から試みに器を一時的に引き出す操作・試片〕として茶碗を取り出すことがあった。高温で溶融中の釉が冷気に急に触れると表層が黒変し、独特の黒い釉膚が生じるが、これこそ後に瀬戸黒の核となる発色である。したがって室町期以降の美濃諸窯周辺の廃棄片には、この種の「引き出し黒」（ひきだしぐろ）〔注：高温から引き出し急冷して黒発色を得る技法〕が含まれていたはずである。

この黒釉の効果に着目し、意図的に瀬戸黒茶碗を作る動きは、室町末の永禄年間（1558–1570）頃から本格化したと見られる。調査した美濃・小名田の尼が根窯跡出土片には、腰にやわらかな丸みを残す瀬戸黒風の茶碗があり、この窯は天文から永禄期（16世紀中葉）にかけて操業していたと推定される。

「瀬戸黒」という呼称は文字通り「瀬戸の黒茶碗」を意味するが、のちに様式名として定着した。器形は半筒（はんづつ）または筒形が基本で、初期には尼が根窯の出土品に見られるように腰がふくらむが、やがて天正年間（1573–1592）には張りの強い腰をもつ造形へと洗練し、俗に「天正黒」とも称された。

釉薬は鉄釉（てつゆう）〔注：鉄分を呈色成分とする黒〜褐色系釉〕を用い、その漆黒の調子は焼成途上で器を窯から引き出し急冷する操作によって得られる。これが「引き出し黒」と呼ばれる所以であり、瀬戸黒の視覚的アイデンティティを決定づけた。

産地の展開は小名田にはじまり、浅間、ついで大萱へと広がったと考えられる。とりわけ大萱の窯は名品の産地として知られ、「小原木」「小原女」「冬の夜」などの銘をもつ茶碗は天正期の作と伝えられる。これらは力強い黒面にわずかな景色の変化を湛え、茶の湯の要請に的確に応じた。

成形は轆轤（ろくろ）〔注：回転台で成形する技法・道具〕挽きが基本で、胴に箆（へら）〔注：成形・面取りに用いる道具〕を当てて面を整え、口造りに軽い変化を与えるなどの作為を加える。ただし志野〔注：美濃焼の一様式。白い長石釉と鉄絵が特徴〕や織部〔注：古田織部に由来する様式。大胆な造形と緑釉で著名〕ほどの造形的誇張は少なく、轆轤成形の端正さを残す作例が多い。高台（こうだい）〔注：茶碗底の台座部〕はほとんどが削り出しで、きわめて低く作る点も特色であり、土は鉄分を帯びたやや粗い土を選ぶ傾向がある。

瀬戸黒は古瀬戸系鉄釉の流れを汲むが、黒を極める引き出し黒の技法は天文期以後に新出し、その後、形態は天正を経て文禄・慶長（1596–1615）にかけて作為性を強めた。これらは俗に「織部黒」と総称され、とくに慶長期には沓形の強い歪みを示し、黒釉上に長石釉（ちょうせきゆう）〔注：長石を主溶剤とする透明〜白系釉〕を二重掛けして景色を変化させる試みが顕著となる。

さらに次段階では、黒釉を掻き落として線刻の筋文や簡略な絵文を表す作例や、一方または二方の釉を意図的に外し、露出した素地に鉄絵で文様を描いたのち長石質の白釉を掛ける、いわゆる「黒織部」へ展開した。釉の掛け分けや掻き落としなど技巧性の高い技法が多用され、慶長中頃から元和期（17世紀初頭）にかけて相当量が生産され、現存品も多い。

要約（300〜500字）
瀬戸黒は室町期の和製天目の経験と古瀬戸系鉄釉の蓄積を背景に、釉の色見操作から得た黒変効果を意識化することで成立した。室町末の永禄頃には制作が本格化し、天正期に半筒・筒形で腰張りの強い造形が完成、俗に「天正黒」と称された。鉄釉の漆黒は焼成途中に器を窯外へ引き出し急冷する「引き出し黒」によって生まれる。生産は小名田から浅間・大萱へと広がり、大萱で名品が多出する。成形は轆轤挽きを基調に箆による面取りや低い削り高台を特徴とし、粗めで鉄分を含む土を用いる。文禄・慶長期には形と装飾に作為が加わり、黒釉上への長石釉の二重掛け、掻き落とし線刻、釉の掛け外しと鉄絵—白釉の組み合わせなどの技法が進展し、「織部黒」「黒織部」へと展開、慶長中頃から元和にかけて量産化した。

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